第51話 国王

 救出された人数は六十名ほど。人身売買のために囚われていた者や、襲撃者レイダーの給仕をさせられていた者たちだった。


 全員をホームに連れて帰ると、施設の玄関先の前にチェルシーとレッジーナが待っていた。そして解放されたラパン族や女たちは、


「国王様……」

 と呟くと、片膝をついてその場にひれ伏した。そしてチェルシーの隣に立っていたレッジーナまでもが、石段を下りてチェルシーの前にかしずいたのだ。


「は?」

 ティリオンとアイナはその光景を見て茫然とする。


「国王って……チェルシーのことなん?」

 アイナが声を震わせて驚いた。


 チェルシーも石段を下りると、ひれ伏す者たちの前に歩み寄った。

「耐え難き恥辱に塗れながらもよくぞみんな生きていてくれた。オイラ……いや、我は……とても嬉しく思う!」


「「「国王様ッ!」」」

 そう言うとぶわっと泣いて、同胞たちと激しく抱き合った。


 レッジーナもまた、囚われの身だった人間族たちと互いの無事を確認し、すすり泣きをした。


  ◇

「てかなんで国王やって黙ってたんよ。ウチ、今までめっちゃ失礼なことしてたやん」  

 と、アイナが柄にもなく反省の弁を述べた。


「まずは心より礼を言う。それから謝る必要など無い。今まで通り接してくれたらいいよ」

 チェルシーは落ち込むアイナの太ももをペシペシ叩いた。「でも耳だけは——」


 そう言い終わる前に、

「じゃあ今まで通りもふもふしちゃう~」

 とアイナはチェルシーの耳をまさぐり出した。


「おい、耳は、耳はやめろと言っただろ~」

 レッジーナがティリオンに歩み寄る。そして濡らした手ぬぐいで彼の顔に付着した泥と血を拭う。


「お疲れさまでしたね」

「ああ」

 ふたりは顔を見合わせて笑顔でほほ笑む。


「ところで、レッジーナはチェルシーとどういう関係なんだ?」


 素朴な疑問であった。ホームで働くコックとメイドという風な認識でいたからだ。


「辺疆国家キャリバーンは各種族で領主を立てている多民族国家。でもその歴史を紐解いていくと、アムル山を支配していたラパン族が、この国の正当な国王なの。人懐っこい彼らは、他国や移民者から騙し討ちに遭いその数を減らしていった。まだ山奥には彼の一族が日陰のような暮らしを強いられている。それを援助したのが人間族の領主、私の仕えていた国王よ」


 複雑な事情がだんだん見えてきた。


「ラパン族の援助と王国再建のために多くの者が遣わされた。宮廷魔導士である私もそのうちのひとりよ。ところが、無駄に国境が長いせいで警備隊の数も割かれてしまい、期待できるほどの援助ができなくなっていた。そこへ現れたのが——」


「移民者というわけか」

 洞窟内で見た襲撃者レイダーの暮らしぶりから、移民先の異世界で乱暴狼藉の類を働いてきたことは明白だった。


「彼らのほとんどがこの国に仇を成すものばかりだった。彼らの元の世界の文明は魔法や理法ガジェットのイメージ精製に大きく寄与し、その力はこの国を平らげてしまうに十分だった。襲撃者レイダーは、今回の捕縛された数で全てではない。戦いはまだ続くわ」


 レッジーナは悲しそうな顔をした。異世界からやってきた何者かも分からない人間たちが、自分たちの生活を脅かす賊徒として現れたのだ。とてもつらい日々だっただろうと、ティリオンは推察した。


「ではなぜ、俺たちを助けた? 逆に俺たちもレッジーナたちに牙を剥く存在になっていたかもしれないだろ?」


 レッジーナは微笑みながら、

襲撃者レイダーたちに先に出会っていれば、あなた方も悪の道に染まっていたかもしれない。でもそうはならなかった。人の歩む道は誰かがそれを欲する強い運命に導かれていく。私があなたを欲したかもしれないといったらティリオン、あなたはそれを信じますか?」


 彼女の静かな佇まいと聖女のような表情にティリオンは吸い込まれそうになった。


「あ、申し訳ないんだけど、ふたりには今日からホームを出て行ってもらうぞ」

 突然、チェルシーが言った。


「ええ? なんで? なんで急にそんなこと言うん? ウチらはチェルシーたちの命の恩人やろ?」


「確かにその通りなんだ。それについては感謝しきれないほど感謝している。でも、見ろこの大所帯を」


 解放された同族や人間たちがホーム内のいたるところで体を休ませている。これから衣食住を用意しなくてはならない。ひとりずつ個室を与えられるような状況ではないのだ。


「そういうことで済まないが、今すぐ荷物をまとめてくれないか?」


 ティリオンとアイナは互いの顔を見合わせた。市街地の宿に行けば良いが、ここからは距離がある。ふたりは既にくたくたの状態だった。


「ねえ、もし良かったらティリオン……私の部屋に来ない? ベッドはひとつしかないけど……」


 そう提案したのはレッジーナだった。宮廷魔導士で国王の侍女である彼女には、特別な個室が与えられていた。その処遇をチェルシーは変えないという。


「アカン。それだけはアカンッ!」

 アイナがレッジーナの目の前に立ち、その提案に対して断固抗議を申し込んだ。


「なぜ姉ちゃんが反対するの?」 

 チェルシーの疑問は皆も同じように思うことであった。


 ハッと気が付いたアイナは体をもじもじさせながら、

「いや、だって、その……レッジーナは偉いさんやん。ウチらみたいなもんと一緒に寝泊まりはアカンかなと思って……」

 と、声が段々かすんでいく。その様子を見てフフフとレッジーナは笑った。


「俺たちはホームの外にテントを張って寝る。いいな、アイナ?」


 ティリオンの提案にアイナは顔を赤らめた。

「おじさんと一緒のテントか……。まあ、しゃあないな。言っとくけど、オナラとかせんといてや。あと、イビキも禁止やで」

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