第50話 救出
周囲を見渡し五感で状況を把握する。地面はこちらからは入ることのできない穴だらけだ。ゴルフボールの
「どうかしら? この美しい
「だったら……どうしてそれを……正しい道に応用しない?」
「正しい道? この世界に自分たちの居場所を作るためには、どんな手段だって用いるわよ。だって国作りというものはそういうものでしょ? この洞窟に棲む我が同胞は他国で虐げられたものたちばかりなのよ。肩を寄せ合って生きていく塵のような個の集積体、それが国なのよ。正しい道とは、己が信じる道のことよッ!」
「そうか……」
ティリオンは顔に付着した血を拭う。「そこまで覚悟があるなら、ここで死んでも本望だろう」
「死ぬのはアナタよッ!」
穴の奥から声が聞こえる。しかし地面や壁、天井に至るまで無数にある穴の中から正解をみつけなければならない。
穴の上に風の魔法を配置すれば良いとも考えた。ところがそれらを賄えきれないほどの穴の数と、魔力が続かない。
(ならこれはどうだ)
杖を握りしめて念じた通りの風を起こす。しかし、その風は真空の刃ではなくただのそよ風だ。殺傷力など微塵もない。だが、それをティリオンは詠唱し続けた。
ティリオンの足元が光り、大地のエネルギーを吸い上げる。それを風に重ね合わせるように流した。
「
ティリオンは風を一時的に白濁の霧へと偽装したのだ。それが辺り一面に広がり、やがては洞窟全体を包み込む。
「フフフ、そんなことでワタシの目を眩ませたつもりなの? 地脈を通じてアナタの居場所など目を瞑ってても分かるのよッ!」
ティリオンの背後の土壁の方に、白い霧が急激に吸い込まれていく。穴と空間が繋がれウォーホールの出現を暗示していた。
ティリオンは振り向きざま、
「そこだッ!
杖の先から回転する真空の刃が放たれる。鋸の歯のようにぐるぐると回転し、穴から姿を現したウォーホールの喉元を狙う。
「な、なんだとッ!」
霧を穴に吸い込みながらウォーホールの首から血が飛び散る。
「コオオオオオッ、クソッ、撤退だッ!」
真空の刃から逃れるために、穴の中へ一時避難しようとした。
「そうはさせん!」
ウォーホールの逃避をティリオンが妨害する。徐々に体を穴に沈めていく過程の中で、かろうじて残った頭部をサッカーボールのように真横から蹴った。
「ブベッ!」
蹴りの反動で体全体が穴から飛び出し、地面に突っ伏した。その瞬間、洞窟全体に掘られた穴は元から何も無かったように消えてしまう。
地べたに這いつくばりながらも、なおも立ち上がろうとするウォーホールの腕を取り背中へ回して、ティリオンは彼を拘束した。そして自分の手のひらをウォーホールの後頭部に当てる。この動作がガジェットの発動条件だった。
「無駄な動きはやめろ。俺のガジェットでお前の能力を一時的に『詐称』した。もう穴に逃げることはできない」
そう告げられると、ウォーホールは抵抗を止めて、膝をついたまま地面へと倒れた。
「やった……勝ったんか?」
アイナが叫んだ。
ティリオンが彼女に親指を見せる。
それを見て囚われの身だったラパン族たちが手を叩いて喜んだ。
ウォーホールの降参を目の当たりにした部下たちは、アイナの鬼のような形相に凄まれてその場で武器を捨てたのだった。
アイナは取り戻した自身のスマートフォンを取り出し、電話を掛ける。
「もしもしこちらアイナ。チェルシー? 人質救出作戦成功や。すぐにおまわりさん呼んで。ここの地図はこれから転送するし」
電話を掛けた相手はチェルシーだった。国境警備隊の力を借りて、
◇
捕縛され連行されていく賊徒連中をティリオンとアイナは眺めていた。
危険な任務をこなし、死闘を繰り広げたが互いに命を繋いだことを喜んだ。特に、朦朧としていたとき、アイナからの檄を貰って意識が覚醒したことをティリオンは思い返した。
(なかなかのグッドパートナーだ)
口にはしなかったが、心からそう思っていた。
洞窟から引き上げる途中。別ルーツの通路がふと目に入った。少し気になりティリオンはその穴を除く。そこで驚くべき光景を目にした。
そこは天然に湧き出る湯を利用した木の香り漂う浴場施設だった。ホームにある風呂と規模は違えど、檜の浴槽、風呂桶、洗い場などがあり、その造りは酷似していた。
ふと、かつてダイモンが言っていたことを思い出した。
『日本人の風呂好きをなめんなよ!』
(そうか……)
ティリオンはこれまで抱えていた疑問が一気に氷解した。
(これまで数多くの移民者が転送されていたはずなのに、ホームにはダイモン以外誰もいなかった。——
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