第48話 屍鬼(グール)

 矢をカンッという乾いた音を立てた跳ね返したあと、魔法陣は波紋を打つように消えた。


「ふむ、初めてにしては上出来だな。ポケットに忍ばせておいて良かった」

 と魔晶の粒が手のひらで風化するのをティリオンは眺めた。


 すると、そこへ大きな唸り声を上げて近づいてくる者があった。

 ウォーホールの両脇に立ち、巨大樹の葉で仰いでいた仁王像のような男ふたりだ。ボディービルダーのような肉体を持ち、露出した上半身にはオリーブオイルのようなてらてらとした汗が噴き出している。


 火属性の魔晶から放たれる光源が、仁王像の男を照らし出す。何度も膝や腕を曲げたりしてウォーミングアップは万全だと、アピールしているようだ。


 ティリオンも足を肩幅まで開いて臨戦態勢を取る。しかし、彼のカンフーは情報で得た映像を模倣しているだけのまがい物の格闘術だ。この一ヶ月間で肉体を鍛え上げたとはいえ、日々の採掘で鍛えられた男ふたりに勝てるのだろうか? 一抹の不安が過ぎる。


 拠点ゾーンを高め、ふたりの出方を窺うティリオン。と、突然仁王像のふたりが前へのめり込みそのまま地面へと突っ伏してしまった。


 その男たちの遥か後ろにいた者の姿を、ティリオンは見た。

「——弐点ダブル射出ショット


「アイナか?」

「ウチだって負けてられへんで!」

 アイナの放った矢は、射出と同時に光の矢が細胞分裂のように増え、仁王像の男を同時に仕留めたのだった。


「おじさん、コレッ!」

 アイナは駆け寄り、ティリオンにあるものを投げて渡した。——レッジーナから新たに贈られた魔法の杖だった。


「よし、この場を離れるぞ!」

 離脱の指示を出して駆けだした瞬間だった。目の前の地面に人が出入りできるくらいの穴が、ぽっかりと開いたのだ。その穴の中から何かが飛び出してくる。


「そうさせませんよ~ワタシの可愛い子猫ちゃん~」


 黒光りする鈍色を帯びたピッケルがティリオンの顔面を捉えた。寸でのところで手にしていた杖で、ピッケルの攻撃を食い止める。穴から出てきた者の正体——襲撃者レイダーの首領、ウォーホールだった。


「他のヤツが逃げようがどうでもいい。でもエルフだと偽る男よ。アンタはダメねぇ。せっかく夜のデザートとして生かしておいたのに。その体で償ってもらうまでは逃がしはしないよ」


 ウォーホールはふと、自身の足元を見た。後頭部に矢が刺さった自分の腹心が殺されていることに気が付いたのだ。

「おや、ワタシのラバーズよ……。死んでしまうとは何事よ」


 ウォーホールは後頭部に刺さった矢を二本とも抜き取った。死体から矢を抜くことに何の意味があるのか? ティリオンにもアイナにも分からなかった。


「これをすると魔晶化にもできないしむくろも残らないから、ワタシのラバーズにこれを振りかけるのは嫌なんだけど……」


 ウォーホールはカーゴパンツのサイドポケットから小瓶のようなものを取り出した。


 それを仁王像の男ふたりにドバドバと掛ける。するとどうだろう、確かに矢で射殺したはずの男ふたりがピクピクと脈打つように動き出したではないか!


「ヒエッ、死体が生き返ったッ!」

 恐怖におびえたアイナの声が洞窟内にこだまする。


「魔道具、降霊薬エスプレイション。生きるしかばねを苦役労働者として使っている、死者の都オールドレアの秘薬。遺骸がクサイ臭いを放つからラバーズを屍鬼グールになんかしたくなかったのに……。さあ立ちなさい、ケイブちゃん、グロットちゃん」


 ケイブとグロットと呼ばれた男が、ゆっくりと立ち上がる、その瞳の輝きは青白く光っており、頭から血を吹き出しながらも動き出す姿はグールと呼ぶに似つかわしかった。


「さあ、乱交パーティーを始めましょかぁエルフだと偽るオトコよッ!」 


 ウォーホールを先頭にケイブとグロットが続く。ティリオンは杖をくるくると回しながら、魔法の詠唱を始める。


 アイナもその戦闘に加勢しようとした。しかし、ウォーホールがどこからか引き連れた手下が大挙したため、その掃討に力を割かねばならなかった。


「アイナ、雑魚は任せた!」

「んなこと言われんでも分かってるッ!」


 アイナは矢で一体一体、賊を仕留めていく。しかし、矢の残弾数が心細くなってきていた。その節約のために、光の矢を分裂させて、複数の敵を仕留めていく。


 一方ティリオンはウォーホールとグール二体の対応に追われていた。


 ピッケルの鋭い刃が、ティリオンの目玉をえぐろうと振り下ろされる。床に転がりながら交わしていくが、二体のグールがまるでラグビー競技のようにタックルをくらわせて来る。彼らを魔法の刃で切り刻むが、腐りかけた生きる屍をどれだけ切り刻んでも、何事もなかったかのように挑んでくる。それを木製バットのように振りかぶって杖の打撃で応戦する。


「まったくもって無駄よ~。グールは秘術を施した者の指示のみに忠実で、その体が朽ち果てるまで動きを止めな~い。ンン~、そしてこのグールの腕力は人間のそれを遥に凌駕する。少しでも触れられればカステラのように肉を引きちぎられるわよ~」


 ティリオンの心の中で焦りを感じていた。アイナの援護を受けることは難しい。自分ひとりで対処しなくてはならない。


 ティリオンは周囲をよく見た。火属性の魔晶が地面から突出している。魔晶は乾電池であり発電機のようなものだ。その小さな欠片を事前に用意して繋がれていた牢屋を出たのだ。


(ならば——)


 ウォーホールはグール二体を後ろに従えた。

「さっきからちょこまかとイヤラしいわね~。だったらワタシたち三人のスペシャル体技を喰らいなさいッ!」

 三人が連なるようにティリオンに襲い掛かる。それからウォーホールの被っていたヘルメットの電灯が強い光を放つ。


「死ぬまで踊りなさい、フラッシュダ~ンスッ!」

 浴びせられた強い光源でティリオンの目が眩む。目を細めた隙に、グール二体がウォーホールの背後から飛び出てティリオンに襲い掛かる、前方からと上空からの多重攻撃。


「この攻撃からは逃れられないッ!」

 だがティリオンはここでも冷静だった。風を巻き起こすと、自身の身体をその風圧に預けた。グールが飛びかかって来るよりも早くそして高く、飛び上がったのだ。


「空を飛んだ?」


 洞窟の天井から突出する魔晶を風で切り刻むと、氷柱のようにグールの身体を串刺しにした。ティリオンの反撃はそれだけではない。魔晶の核をさらに真空の刃で切り込みを入れたのだ。橙色の魔晶がその場でぜて、グール二体の身体を炎に包みこんだ。


「グアアアアアアアアッ!」

 ケイブとグロットの断末魔が、燃え盛る炎の中に消えて行くのをウォーホールは見た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る