第47話 脱出

 ティリオンとアイナは土壁に囲まれた牢屋にぶち込まれる。装備品一式は勿論のこと、ティリオンは上着を剥ぎ取られたままの姿だった。


 かんぬきは鉄製だが、格子こうし自体は木でできている牢屋。穴をくりぬかれた牢であるため壁は堅牢。格子扉も木でできているとはいえ、魔法の杖と弓矢を取り上げられたティリオンたちでは、破壊は不可能であった。


 別々の独房に閉じ込められたふたりは、土壁越しに会話を試みる。


「なあおじさん。普通に捕まって普通に牢屋に入れられたけど、これからどうするん?」

 アイナが格子扉に手を掛けて話しかけたが、ティリオンからの返事は帰ってこない。


「てか、あんだけ魔晶が土の中から出てたんやから、こんな牢屋くらい魔法でぶっ壊せばいいんとちゃうの?」

「あの魔晶は橙色を放っていた。火属性の魔晶では俺の風属性の魔法は使えない」

「なぁ、お姉さん怒らへんから正直に言うてぇ。これ、どこまでがおじさんの計画通りなん?」

「——全て計画通りだ」


「いや、こんなところに入れられたら計画通りも何も逃げられへんやん。てかウチのティーバックを履いていた変態、おじさんに向って『ぼっこうする』って言うてたで。大丈夫なん? 『ぼっこう』ていう言葉の意味がウチよう分からへんねんけど。あれ? 『ぼっこう』と『ぼっき』てなんか似てるけど、ひょっとしてなんか関係ある……?」


「——見たところ採掘師のようだな……。穴掘りが好きな連中なんだろう」

「ま、そうなんやけど。レザーコート剥ぎ取られるし、要するにおじさんのことを『オトコ』として見てるってことやないの?」

「——そうだ俺は男だ」

「ちゃうねんて。ま、こんなこと想像したくは無いけれど、こう手を縛られて、床に頭を擦りつけられるように四つん這いにされて……アカンアカン、そんなこと考えたら——」


 隣の独房からバーンッと破裂音が聞こえた。


「キャ~ッ。ちょっと何が起きたん? 今の音はなんなん?」

 流れ漏れてくる白煙の中から出てきたのは、牢屋から脱したティリオンだった。


「え、どうやって出てきたん?」

「俺のブーツは厚底の構造だ。その中に小さな魔晶を忍ばせておいた。魔晶の核を破壊すれば、牢を破れるくらいの衝撃は生み出せる」


 ティリオンは守衛から奪った牢屋の鍵を使ってアイナを救出する。その鍵をアイナに向って放り投げた。

「これで人質の牢を全て解放しろ」


  ◇

 衝撃音は襲撃者レイダーの連中にも伝わっていた。異常を察知した部下たちは、

「牢の方へ急げッ! 人質が逃げるぞ!」

「すぐにウォーホールの親方に連絡だッ!」

 とバタバタ動き出した。


 狭い洞穴の中をティリオンは進む。その後ろからアイナがぴったりとくっついて進む。守衛を殴打したとき、独房以外の牢屋がどこにあるのか、その位置を聞き出していた。


 やがて広い場に出ると、すぐさま向かいの大きな穴の中に駆け寄り、集団で囚われているチェルシーの同朋の救出に向かった。


 そこにラパン族はいた。狭いところに押し込めるようにして囚われていたラパン族は、どれもチェルシーよりも小さい個体だ。顔や肌が汚れきった彼らを見て、アイナは腹の底から腹が立った。


「こんな可愛い子らを……」

 アイナはきゅっと下唇を噛む。


「ラパン族は愛玩用として高く売れるそうだ。ここは繁殖のための牢獄だ」

 ティリオンも怒りを籠めてそう呟いた。


 牢屋に閉じ込められていたのはラパン族だけでは無かった。

 若い女子供も別の牢屋に閉じ込められていた。どうやらここは人身売買の巣窟でもあったようだ。アイナが鍵穴に鍵を入れ手早く牢の格子扉を開けていく。


「見つけたぞ、コッチだッ! うさぎどもの牢屋にいるぞ!」

 手下のひとりが松明を掲げながら、ティリオンたちを発見したことを大声で告げた。


「おじさん、ウチらの武器がまだ見つかってない。どうするん?」


 ここに連れてこられたとき、ティリオンの杖とアイナの短弓は、奪われてしまってうたた。どこかに保管されているはずだが、人質救出を焦ったために自分たちの得物を探し切れないでいた。


「オイ、野郎どもッ、コイツらやっちまうぞ!」

 ピッケルを片手に持った賊が束になって掛かってきた。


「武器がないだと? 武器ならあるッ!」

 ティリオンは体を少しくねらせ、カンフーの構えをする。


 詰めてきた賊がピッケルを前へと突き出す。それを見たアイナが思わず目を伏せた。しかし次の瞬間、ティリオンは地面をダンッと蹴り、土壁を駆け上がると、賊の側頭部に蹴りを浴びせた。


 蹴りの威力が凄まじく、賊は反対方向の壁に頭をぶつけたあと鮮血混じりの脳漿を床にぶちまけた。


(ここは洞窟。大地の生命エネルギーを大量に吸収しているから、ガジェット能力が上昇しているんだ)


 確かな手ごたえを感じたティリオンは横穴を脱し広場へと出た。


「ウオッ!」

 驚いたのは賊の方だ。奥に逃げ込めば通路が狭く、一対一に持ち込むことが出来る。にも関わらずこのエルフに偽装した男は一対多を選んだのだ。


「コイツは命知らずなのかそれとも馬鹿なのかッ! オマエら、かかれッ!」

 賊たちが一斉にティリオンをハチの巣にしようとピッケルを振り下ろす。それをひょいとジャンプして交わすと、賊たちの頭を回転しながら蹴り上げていく。


 面白いように吹き飛ばされた賊たちは、四方八方土壁に叩きつけられていく。その様子を横穴から覗いていたアイナは、敵が一掃されたのを確認すると、


「さ、みんな。今のうちに逃げるで」

 と幼いラパン族の手を引いて、牢の在った穴から逃げる指示をだした。次々と出てくる囚われていた人をティリオンは微笑みながら眺める。


「おじさん、危ないッ!」

 とアイナが声を上げた。


 ティリオンが振り返ると、弓を持った賊が彼を標的として狙っていた。そして、矢を放つと、眉間に向けて高速の矢が飛んでくる。


 ところがティリオンは少しも慌てるようなことはしなかった。目を瞑り、刮目かつもくすると、

防盾シールドッ!」

 と唱えると、ティリオンの目の前に魔法陣が現れた。それはティリオンが習得した防御魔法の一種で、魔法による障壁だった。

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