第46話 勃興

 それから五日後、魔法と薬によってティリオンの傷が癒えたのち、ふたりは山の隘路あいろを進んでいた。向かう先は襲撃者レイダーの隠れ家だ。


「でも、どうやって見つけるん? レッジーナたちですらなかなか居所が掴めへんかったんやろ?」

「そんなの簡単だ」


 ふたりがしばらく歩いていると、何だか見覚えのある場所に出た。


「あ、ここってウチらが最初に飛ばされてきたところやん?」

「そうだ。ここで俺たちは襲われた。つまり、ここでたむろしていれば……」

 突然ティリオンの脇を矢が掠め、木の幹に刺さった。

「ほら、そうこうしているうちお迎えが来たぞ」


  ◇

「親方ァ、イキのいいエルフ族を捕まえたぜッ!」

 横穴に掘られた洞窟内、むさくるしい男の声が響く。


 篝火かがりびかれた穴の中を、縄で両手首を捕縛されたティリオンとアイナが乱暴に扱われながら歩いて行く。


 まるで犬の散歩のように首に縄を付けられたふたりは、無理やり奥の広場へと押しやられた。


 そこは魔晶の採掘地であった。大きな魔力の結晶が天井にも地面にも随所に見られ、土塊から突き出すように出ている。白熱球のような橙色の発光体は、それだけで自然の照明と化す。


 隠れ家の洞窟自体は大きな滝壺の傍にあった。中はひんやりしているかと思われたが、中は随分と熱かった。汗ばんだ額に、玉のような汗がうっすらと浮かぶ。


「なんかめっちゃ熱いなココ」

「火属性の魔晶群と地下を地熱が通っているせいだろう」


「おいオマエら、無駄口叩いてんじゃねえッ!」

 会話を注意されると同時に、縄をグイッと引っ張られる。


「親方、今回の獲物はエルフ族の上玉でっせ!」


 親方と呼ばれた男が岩をくり抜かれた玉座に座っていた。ひじ掛けに手を乗せ、顎を支えながら鋭い眼光を捕縛されたふたりに放つ。

「連れてきやしたぜ、ウォーホールの親方」


 玉座の両脇に筋骨隆々の男ふたりが、巨大樹の葉を用いてウォーホールと呼ばれた男の顔を扇いでいる。魔晶と地熱から発せられる温度により、サウナのような熱気に包まれていた。


 胡坐あぐらを搔きながら金の食台に載せられたフルーツを頬張り、果汁に塗れた指先を一本ずつ丁寧舐めていく。そしてふたりを見るなり、

「ンン~。なかなかいい身体してるじゃない」

 ウォーホールがすっと立ち上がり、アイナの前に立つ。が、アイナに少しも興味を示すことなくプイと横を向くと、ティリオンの方に向き直った。


 ティリオンを見下ろすようにウォーホールとの視線がぶつかり合う。


 身長は190センチくらい。タンクトップのレザーシャツに茶褐色のカーゴパンツ。頭にはこの世界では珍しい電灯付きのヘルメットを被っている。手にしている得物は十字鍬ピッケルだ。この洞窟の穴を掘ったということだろう。シャツからはみ出る筋肉は採掘によって鍛えられた証だ。


「親方、このエルフどもどうしやす?」

 狼の毛皮を腰と肩に巻いた手下どもが訊いた。


「それよりも、今日の採掘計画はどうなっているの?」

 男でありながらやや女の口調を真似た声が、洞窟内に甲高く響く。


「へい、今日は西のF地区の採掘。ここを抜ければ海側に抜けれるかと」

「ん~なかなかいいわねぇ。海まで抜ければここも少しは涼しくなるかも。王国勃興にはまたとない環境よ。勃興ぼっこうッ!」


「「「勃興、勃興、勃興ッ!」」」 

 彼の手下どもがピッケルを片手にシュプレヒコールを起こす。


「掘って掘って掘りまくるッ!」

「「「掘って掘って掘りまくるッ!」」」


 興奮したウォーホールが取り巻きに檄を飛ばす。それからティリオンのレザーコートを腰の位置まで剥ぐと、自分もまた履いているカーゴパンツを膝まで下ろした。両手を後頭部に回し、腰をくねらせダンスを踊る。


 ウォーホールの盛り上がった下半身を見てアイナが叫んだ。

「ああッ! それウチのTバック!」

 

 ウォーホールの着用していた下着は、転送初日に襲撃者レイダーによって奪われた荷物の一部だった。


 そんな彼女の声に意外といった顔を見せ、

「おやァ? ワタシが略奪したこのTィバックゥを知っているということは、どうやらこの子ら……エルフじゃないみたいね」

 アイナを一瞥すると、「でもいいわ。女の方はあなたたちの好きになさい。で、こっちの男の方は……」


 まるでフラフープでも回すように腰をくねらせながらこう叫ぶ。

「ワタシが直々に彼を勃興するッ!」

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