第45話 人質

 ティリオンがベッドの横たわっているとき、アイナはダイニングでレッジーナ、チェルシーと話をしていた。


 ダイモンを不本意ながら殺害したこと、心身に異常をきたす草の栽培を行っており、それら全てを焼却しことを告白した。


 意外にもふたりは冷静だった。そして、何やら思いつめたような顔をして、静かにこう語った。


「山の民として、ダイモンの行いはゆるせるものではない。レッジーナの索敵範囲外での出来事はどうすることもできないしな。ただ、現状の生活を維持すために、いろいろと見逃していたのも事実なんだ。帰すべき責任はオイラにあるよ。辛い思いをさせちゃったね。本当にごめんなさい」

 チェルシーはテーブルに両手をついて頭を下げた。彼の手の甲をレッジーナが握る。


「なんで謝るんよ。むしろこっちが謝らなアカンレベルやん。大事な金ヅルを燃やしたわけやからな」


「いや、国をむしばむ事業など到底認められない。ただ、今後が問題だ。ホームの運営は移住者クライアントにとっては心のよりどころ。これからも支援していきたいとは思うが……」

 チェルシーは顔を上げ、「そこでだ。姉ちゃんとティリオンが手掛けている事業を、オイラたちにも手伝わせて欲しい」


「それはこっちからもお願いしたいくらいや。でも結構手がかかんねんなぁ。今日も山奥までコケと葉っぱを取りに行ったし。生理用ナプキンなんて、注文が殺到し過ぎて全然間に合わへん。バイト雇わなアカンかなぁ」

 アイナが首を傾げながら言った。


「その人手の件について提案があるのだが……」

 何やら言いにくそうにチェルシーが口の中をもごもごさせている。レッジーナがチェルシーの目を見て頷き、

「ここからは私がお話いたします。実はアイナとティリオンに折り入って頼みがあるの」


「え、頼み?」

 アイナはハチミツ酒のポッシュをグイと傾けながら、その頼みとやらに耳を傾けた。


「山の民であるラパン族や共に暮らしていた王国の民たちが、襲撃者レイダーの隠れ家で人質になっているの。彼らを救出して欲しい」


 アイナのカップの動きが止まった。

「人質?」


「ええ。元々キャリバーン国はアムル山を中心としたラパン族の国。それが襲撃者レイダー簒奪さんだつにより、国家としての威厳が失墜。現在は各種族が領主を立てている多国籍状態にある。囚われた人質が解放されれば、国家としての成立はもちろんのこと、住民が増えて産業を興すことが出来る」


「その住民たちに仕事してもらったらええな」

「ただ、襲撃者レイダーの隠れ家は山のどこかにあるとしか言えない。居場所が特定できていないの」

「おそらくヤツらの仲間には空間移動のガジェットを使用できる者がいるようだ。神出鬼没で手掛かりが掴めない。それでいて人質を取っているためこちらから手が出せないんだ。仲間が殺される危険性があるからね」


 アイナはカップをテーブルの上に置いた。口の周りに白いひげのような泡の跡ができる。しばらく考えたのち、

「けっこう危険っちゃ危険やけど、人が困ってるのをシカトするわけにはいかんしなぁ」

 アイナは口を手の甲で拭く。

「それにティリオンやったら、絶対助けようとって言うとおもうで」


 チェルシーとレッジーナは互いの顔を見て喜んだ。


「では、姉ちゃん。いや、アイナ。スマートフォンを出してくれ」

「スマホ? ウチのスマホなんかどうするん?」


「この山の詳細な地図を通信で渡す」

 チェルシーは懐のポケットからスマートフォンを取り出す。「実は今までアイナたちのことを疑っていて、詳細な山の地図を渡していなかったんだ。本当に済まないと思う。でもこれで、近道、抜け道、現在地等が分かるはずだ」


 アイナも自分のスマートフォンを取り出し、赤外線受信で山の地図を受け取った。

 その地図を画面上で確認。指でタッチしながらスクロールしてみる。


「ホンマに現在地が示されているけど、GPSってこの世界にあるん?」

「GPSとは何だ?」

「なんだと言われてもウチもよう説明できひんねんけど、なんか宇宙から電波を飛ばして位置情報を提供してくれるやつや」

「宇宙? ああ、浮遊魔晶ならあるぞ。巨大な魔晶結石を魔法術式で空に浮かべているもので、そこから発せられる魔力が使用者の位置を特定できる。もしの隠れ家を見つけたら、スマートフォンで位置を教えてくれ。警備隊を向かわせる」


「よっしゃ、ウチらに任しとき!」

 と半ば安請け合いをしたアイナだった。

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