第39話 光麻草(こうまそう)

「今日は山の奥まで行く」

 あくる日、ティリオンはダイモンにそう告げた。


「どこまで行くんだ?」

「沢を登ったあたりだ。ここら辺の葉は刈りつくしたのでな。もしやと思ってくが、近道はないだろうか? 正直、骨が折れる行路だ」

「近道なんて……知らねえよ。というか、わざわざそんなところまで行く必要があるのか?」

「おかげさまで商売が軌道に乗ってきた。ここで手を抜けば信用は失墜する」

「まあ、あまり遠くへ行かないことだ。道に迷って敵に襲われても知らねえぞ」 


  ◇

 ダイモンの忠告を胸に、ティリオンとアイナは仕度を整えるとホームを後にした。


 目標とする場所は決めていない。途中何度も休憩し、ただ川をひたすら北上した。崖を登るのは危険のため、左から迂回した経路を取った。これが功を奏した。思ったよりも近場で、湿布薬に適した葉の群生地を見つけたのだ。


「けど、ミズゴケが無いやん」


 水気のある場所でなければ苔は自生しない。

 森の中で湿地帯を探すのは容易い。しかし湧き水程度の湿地ではアイナが必要とする苔の量が足りない。


「とりあえずここら辺を調査しよう」


 二手に分かれて一帯を調べた。ティリオンの欲している物は見つかっている。池などの湿地帯があれば、苔の採取は可能だ。そうやって地面を這うように調べているうちに、

「ちょっとおじさん!」

 と聞こえてきた。


 ティリオンは声のする方へ歩いて行った。

「なぁ見てやこれ」


 木を切り倒した開けた土地に、人の背丈ほどある高さの草がびっしり生えている。その草はとても青臭い臭いを放っており、鼻の奥を疼痛とうつうと刺激した。


 また小規模の丸太小屋が複数点在し、土地も人の手が加えられているせいか雑草すら生えていない。ただ放射状に広がったのこぎり歯のような葉だけが、隙間なく広がっていたのである。


「これは……?」

 ティリオンは黄色い斑点のあるギザギザの葉を手に取ってみた。そしてその刺激臭と相まってひとつの判断を下した。


「——光麻草こうまそうだ」

「ええ? 光麻草って……ヤバイクスリのやつちゃうん?」

「ああ、これを乾燥させた物は違法薬物として指定されている。元の世界の話だけどな。まさか——」


 ティリオンが丸太小屋前に立ち、ドアノブを捻ってみる。鍵が掛けられていたが、風の魔法でいとも簡単に打ち破った。その瞬間、小屋の中から強烈な甘い臭いが、外に逃げるように漂ってきた。


 ティリオンは布で鼻と口を覆い、同じようにアイナにも指示を出した。

 ゴホッゴホッと何度もむせかえりながら、小屋の中の探索を試みる。


「これ……この甘ったるい臭いは何なん? てかこの臭い……つい最近どっかで嗅いだことがあるような……」

 布で口と鼻を押さえ、くぐもった声をアイナは出した。


「乾燥光麻だ」

 ティリオンが危ぶんだ通り、小屋の中には乾燥させたおびただしい量の光麻草が保管されていたのだ。


 そう言えば三ヶ月ほど前に、尻拭き葉を宿に卸そうとしたとき、宿の亭主が言っていたことを思い出した。

『アムル山の葉と言えばアレだろ。ほら乾燥させたヤツを紙で巻いて吸うと、めちゃくちゃ気持ちよくなるアレだよ』


(言っていたのはこれのことか……)

 そのときはさほど気にも留めていなかったが、ここにきてあのセリフに合点がいった。


「アイナ、ここを焼き払うぞ」

「え? ここを?」

「ああ」

 ティリオンは頷いた。「ここは麻薬の精製所だ。小屋の前の開けた土地は光麻草の畑だろう。元々自生しやすい植物だから、手間は掛からないのだろうが、こうまで整地されているということは、明らかに人の手が加わっている」


「でも人の畑やろ? 燃やしたら怒られるんちゃうん?」

「かもな」

「だったら……」

「この大陸に麻薬の所持が法に触れるのかどうかは分からない。ただ、これらが広く流通すれば麻薬中毒者が溢れ、やがては国全体をむしばむだろう。それくらい危険な草だ。このまま捨て置くわけにはいかない。それにしてもこの臭気は……」


 ティリオンとアイナは思いきりむせた。ここに留まり続ければ、自分たちも幻覚作用にさいなまれてしまう。アイナの背中を押すと同時に、ティリオンも我先にと争うようにして小屋を出た。


 偶然、ふたりが小屋を出た先に、見覚えのある顔が立っていた。


「山の奥まで葉を探しに行くというから、ついてきてみればこれだ」

 声の主はダイモンであった。手には自慢の斧が握りしめられている。

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