第38話 ふたりでエルフ族

 それから三ヶ月経過したある日——

 就寝しようと思っていたところに、自室のドアがノックされた。——アイナだった。


「ごめんな、寝ようとしてたときに」

「構わない。入れ」

 と、読んでいた魔導書を閉じて中に招いた。


 ティリオンは椅子を勧め、彼女はそれに従った。

「で、こんな夜更けに何の用件だ?」


 こんな夜に人を訪ねてくるのだから何か深刻な悩みがあるのだろう。ティリオンは優しく訊いた。


「うん、実はこの先の話なんやけど、おじさんはいつまでこのホームのお世話になるつもりなんかなって」


「自称ハイエルフの俺は魔法が得意な種族とされている。俺が目指すのは限りなく本物に近いエルフだ。そのためにはここよりはるか北に位置する、最高峰の魔導学院へ辿り着かなくてはならない」

 ティリオンは少し間を置いて、「魔法国家マジェストへ」


 アイナはふーんと頷きながら、

「それはいつの話しなん?」


「以前オーガと戦ったときに、己の鍛錬不足を呪った。チェルシーに頼み込んで作ってもらった施設で、毎日トレーニングを積んでいるが、それが終了すればすぐに出発してもいいと思っている」


「そういやあアスレチックランドみたいなん、作ってたな」

 木材を利用したトレーニング施設を森の中に作っていた。丸太の平均台や障害物など、サーキットトレーニングができる場である。


 アイナは感傷的な表情を浮かべながら木板の天井を見る。ここ三ヶ月のことを思い出しながら、ポツリポツリと語り出した。


「ここの連中はみんな好きやで。ちょいとクセはあるけどそんなんお互いさまや。居心地が良すぎてむしろ困ってるくらい。ウチの人生こんなんでええんやろかって」


 ティリオンはベッドから立ち上がると窓枠の方に歩み寄った。

 夜のとばりが降りて、窓の外からは満天の星空が見える。遠くの方を見つめながら、ティリオンもまた自分の心情を吐露したくなった。


「俺は元の世界で経歴詐称が暴露され、居心地の良かった場所を失う結果になった。自業自得なのでそれについて恨み言はない。ただ、自分の実力がどこまで通用するか、その限界を知る前に表舞台から退場してしまった。この世界では悔いのないように生きたい。俺は旅を続けようと思う」


「なあおじさん……ウチもついていってええか?」

 アイナが顔を上げる。ランプの光が反射して、彼女の瞳が潤んでいる。


「ああ。俺たちはふたりでエルフ族だからな」

「やった!」

 その場で飛び上がって喜びを表現した。


 なぜ、一緒に旅をしたいと思うのか?


 その理由をティリオンは彼女に訊くことは無かった。個人的な事情があることは薄々察していた。しかし、自ら語りたがらないものを、無理に訊く必要もない。時間はたっぷりある。それまでに互いのことを語り合う日もあるだろうと考えていた。


「ところでもうひとつ相談があるんやけど、実はナプキンの売れ行きが順調で、質の良いミズゴケの量が足らんのよ」


 その事情はティリオンも一緒だった。

「俺の方も実はそうでな。湿布薬に適した葉をここら一帯刈りつくしてしまった」


「じゃあどうするん?」

「目標とする旅の資金額が溜まるまであと少しだ。ホームから離れてしまうが遠征しなくてはならない」

「どこまで行くん?」


 アイナが心配そうに見つめる。転移初日に襲撃者レイダーに命を狙われたのだ。山奥に進むことは危険を冒すということなのだ。


「川をさらに北へと遡る。沢を登り切り、尾根に出たあたりに手つかずの草木地帯があるはずだ。そこを目指そう」

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