第37話 カンフー

 その日の晩の夢の中で、ティリオンは堂家に相談をした。

「戦闘力を上昇させる受信ダウンロード……?」

 堂家は鼻でフッと笑った。「いかにもあなたらしい考えですね」


「近接格闘の重要性を今日はまざまざと思い知らされた。魔晶のチャージが切れてしまえばもうお手上げだ。それに俺固有のガジェットは戦闘向きではない」


「言っておきますが、私どもが差し上げるものは単なる情報です。それを受け入れたからと言って、筋力が増すわけでも、肉体が強化されるわけでもありません。格闘技の試合を観覧しているのと変わりはないのですよ」

「しかし、受け身や構えを知るだけでも、何かしらの対抗策にはなると思うがどうだろう?」

「ちなみにですが、どんな格闘術をご所望ですか?」


 ティリオンはしばらく考えた。

「どうせならスタイリッシュに行きたい。空手とかボクシングとかはありきたりだ……。カンフー……てのはどうだろう?」

 堂家の口元が真横に緩む。


「ほう、カンフーですか? あまり実戦向きとは言えませんが、いいでしょう。面白そうです。ではカンフーの知識とテクニック、併せてブルース・リーにジャッキー・チェンの映画も加えましょうか。情報量の多さに耐えきれれば、あなたは異世界でカンフーマスターになる」



  ◇

 その日の体調は最悪だった。

 頭痛と嘔吐が収まらない。


 夢で大量の情報を受信ダウンロードした場合、自身の治癒魔法で痛みを抑えようと試みたが、効果が無かった。魔法が外傷の類にのみ、効果を発揮するものなのか、たまたま効果が無かったのか、判別できない。


 記憶領域ストレージを圧迫するということは、『傷』という概念に当てはまらなのだと、ティリオンはそう考えていた。


 この日は結局昼近くまで寝ていた。あまりに起床が遅いので、ホームの誰もが心配になってティリオンの部屋を訪れたくらいだ。

 大丈夫だと、笑って答えたものの、体が全く動かなかった。

 午後になり、多少痛みが引いたティリオンはアイナと一緒に出掛ける。


 今日は一昨日に注文を貰った湿布薬の製造を行わなくてはならない。せっかくの商機を逃すことはしたくはなかった。


 アイナはアイナで、自身が目論む生理用ナプキンの試作品を作っていた。

「これがめっちゃ水分を吸うミズゴケの種類。ブラッドモスって言うんやって」


 アイナが受信ダウンロードした知識は、実際に中世ヨーロッパで使用されたナプキンの応用でった。オルテシア大陸全土には木綿はあるものの水を弾いてしまい、そもそも脱脂綿が開発されていない。そこで入手しやすいという観点から、ミズゴケの採取に至った。


 採取したミズゴケをしっかりと洗い日に干して乾燥させる。スポンジのように弾力性があり、抗菌性も持つことも分かった。それを紙で包み形状を整える。


 実際に自分で試してみたが、なかなかどうして効果は抜群であった。肌ざわり、動きやすさ、経血の吸収具合、何より安価で使い捨て。


「身体を動かしにくいっちゅうことが、女性の社会進出の妨げになるんよ。これをウチが改善したるねん!」

 と柄にも無いことを口走ったときは、何かに取り憑かれたのではないかと、ティリオンは心配した。が、学生や社会人経験を通して前々から苦労していたのだと、アイナは得意げに語っていた。


 ただし難点もあった。量産がしにくいという点である。

 ミズゴケの生息も沢や湿地帯の近辺と限られており、乾燥から紙に包み糊付けと、工程はいくつもある。それに紙の調達に掛かる費用も工面しなくてならない。


「葉っぱを使えばいいじゃないか?」

 というティリオンの提案には、

「んな汚いモン、直にパンツの中に入れられるわけないやろッ! 男は生理の苦しみちゅうもんを全然分かってない」

 軽く一蹴した。


 こうして作られた、魔法の湿布薬と生理用ナプキンはサンプルを配りながら町を練り歩き、その認知度は飛躍的に増した。またミズゴケは脱脂綿の代わりもなった。これをキズバンドとしての利用を思いつき、その開発を並行して行うようにした。


 こうして多くの電話注文をもらうようになり、それに日々勤しむようになった。

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