第33話 アイナ・ラブルスカのキス

 アイナは少し身震いしている。


「この医院には人の素性ステータスを看破できるガジェットを持つ者がおりますの。失礼ですが、あなた方ふたり、念入りに調べさせてもらいますわね。なお——」

 女医は一呼吸おいて、「このオルテシア大陸で素性を偽った者は即座に死刑。国の警備隊を呼んで即刻捕縛してもらいますので、お覚悟召されませッ」


 女医の眼鏡の縁がキラリと光った。

(コイツらの身体からは偽物のニオイがプンプンするッ! エルフの秘伝薬がそう簡単に手に入るはずが無いだろうが、このマヌケメッ! 必ず素性を暴いて警備隊に突き出してやるから覚悟しておきなさいッ。ヒヒヒヒッ!) 


 アイナの震えがさらに大きくなり、ソファに腰かけているのに膝が上下にガクンガクンと動く。貧乏ゆすりが激しい。


(アカン。これはアカン。ダークエルフやないのが、バレてまう! おじさんの作戦、全部裏目に出てるんやん!)


 うらめしそうにティリオンの横顔を見た。

 自分と同じように、この状況に震えているのだろう考えていた。ところが、彼の顔から動揺している素振りは全く見えない。むしろ落ち着き払っており、余裕さえ感じ取れた。


(もうすでに諦めてもうたんか?)


 そうこうしている内にひとりの生真面目そうな青年が、応接間に通された。

素性ステータスを看破できるとかいう者だろう。


 青年が袖をまくり上げ、両手をふたりの頭の上にかざしてから目をつむる。光の輪が掌を覆い、ティリオンたちから放たれるオーラのようなものを吸い上げる。

 目を開け二度ほどうなずいたあと、女医に近づき耳元でささやく。


 睥睨へいげいするように立っていた女医の得意げな顔が、急にこわばった。そして目をパチパチと瞬きさせると、慌ててティリオンたちの前にひざまずく。


「こ、これは大変ご無礼を働きました。おゆるしくださいませ、ティリオン・クラウドフォード様、アイナ・ラブルスカ様。お詫びとして、単価の倍の値段で全て買い取らせていただきます」


  ◇

 帰り道、鳥車に揺られながら帰路に就く。

「なあ、さっきのあれ、どうやったん?」


 肩を並べながら荷車に揺られるふたり。共に満足げな表情だ。

「簡単なことだ。ガジェットを使えるのは何もアイナだけではないということだ」

「え、おじさんも使えるん?」

「ああ。偽装と詐称を得意とする俺だからこそそのイメージが湧いた。これを見ろ」


 そう言ってサンプルとして懐に忍ばせていた葉を取り出し、アイナに見せた。すると葉の裏に黄色い文字がスラスラと浮かんでくる。

「これがお前の素性ステータスだ」


【本名】 アイナ・ラブルスカ

【レベル】 75 【年齢】 217歳 【性別】 女 【種族】ダークエルフ


【体力】5375 【攻撃力】1400 【防御力】750

【魔力】1285 【理力】 1440  【俊敏性】 1550

理法ガジェット蒼穹の強弓ブロークンアロー

機関モード】 射出ショット


 記述を読んだあとアイナは顔を上げる。

「なんかよくわからんけど凄いなこれ。年齢が217歳ってのがウケるわ。ウチまだ17歳なんに、これやったらデーモン閣下とおんなじパターンやん」


「ガジェット能力『詐称フェイス』。頭部に触れることが出来れば、自他問わず経歴の上書きができる。しかし、実際のステータス以上の実力がでるわけではないし、効果の時間も短い。単なる経歴の詐称だ」


「なあ、この本名のとこに書いてあるラブルスカ……って何?」

「テーブルに出された饗応きょうおう用のフルーツの中に『ラブルスカ種』という赤ブドウがあった。お前の頬をつねったときに咄嗟に思いついて、その場で素性ステータスに仕込んだ。気に入らなければ改名するが……」


「ううん」 

 アイナは首を横に振った。「ダークエルフのアイナ・ラブルスカ……めっちゃええ名前やん!」


 アイナは思わずティリオンに抱き着き、彼の頬にキスをした。

 夕陽に照らされたティリオンの顔は赤くなり、照れているように見えた。

「ああッ! なんで袖で拭くん!」

「気持ち悪いからやめろ」

「ギャルのキスがきしょいってどういうことなん、おじさんのくせに!」 

 騒がしいふたりとは関係なく、鳥車はゆっくりと前へ進む。

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