第27話 治癒魔法の習得

 一方、ティリオンの魔法の習得も順調に進んでいた。

風刃ヴァン」 

 縦に白く渦巻く風が、木の幹を切り刻む。幹は太く、魔法の力では伐採することができない。ただ、表皮に傷をつけることはできた。


「何をイメージしたの?」

「チェーンソーだ」

「チェーン……ソー?」

 レッジーナは首を傾げた。


「伐採器具だ。俺が元の世界で経営コンサルタントを演じていたとき、国の未来を支える業界ということで、林業を取材したことがあった。切断事故や白蝋はくろう病といった危険と隣り合わせの業界だが、職人たちの伐採にかける情熱を目の当たりにしたことを思い出した」

「なるほどね」

「俺の魔法ではまだ伐採には至らないが、いずれうまくいくと思う」


 魔法を一度中断し、こんどは別の呪文を詠唱し始めた。

鎌風フォーシル

 呪文の詠唱と共に、つむじ風が起こり、地面生えていた草を薙ぎ払っていく。


「この短時間で凄いわね。今度は何をイメージしたの?」

「草刈り機だ」

「草刈り機? そういう器具があるのね」

「これもさっきと同じ現地で見た。これで尻を拭くための葉を一気に刈り取り、風圧でそれらを集めようと思う」


 レッジーナは半ば感心した。ここまでのイメージ、ビジョンを持っているとは思わなかったからだ。

(これはいい魔導士になれる)

 彼女の予感がそう告げてならない。


 そのとき、レッジーナの拠点ゾーンが何かを感知した。

「ティリオン、ちょっと魔法を止めて」


 草花を薙いでいた風が静かに止む。

「私の拠点ゾーンに何者かが入った。しかもその者は、かなり衰弱している」

「それはどこだ?」

「南東の方角。ここからすぐよ」

「ひょっとしたら、俺たちと同じ移民者かもしれない」

「急ぎましょう」



 ふたりは魔法の習得を中断し、レッジーナが感知した場所へ向かった。彼女の探知範囲は半径五メートルにも満たない。しかし、魔法結界を敷くことでそれがアンテナの役目を果たし、探知範囲を拡げることができる。現にそれが外敵の侵入を防いでいた。

「魔法は魔力での感知が必要だけど、生命力や理力は拠点ゾーンで探知できる」

 小走りで駆けながらレッジーナは言った。

「それは俺も習得できるか?」

魔法ウィザード理法ガジェットは互いに反発することはないから理論上は大丈夫よ」

「理論上とは随分と弱気な言い方だな」


「他国に行けば他国の法則が強まるため、どれも万能ではないってこと。特にガジェットは無機物に囲まれた場所や陽の落ちた夜に使うと、体内理力量でしか扱えないから消費も早い。これは頭の片隅にでも留めておいて」


 その男は木の幹に寄りかかるようにして、気絶していた。片目が潰され、肩に矢が一本刺さったままの状態だ。


「まだ生きてるわ」

 レッジーナが微かに心臓の鼓動を確認した。しかし呼吸がかなり浅い。

「これを見て」

 男のシャツの袖をレッジーナは引きちぎった。矢の刺さったか所から波紋が広がるように、皮膚が紫色に変色していた。


「おそらくこの矢には毒が塗られている。襲撃者レイダーの仕業ね」

「治せるか?」

「ええ」

 レッジーナは頷いた。「ただ私の魔法とは相性が悪い」

「どういうことだ?」


「魔法には攻撃魔法と防御魔法があり、その防御魔法は『治癒』『防衛』『補助』『精神』から成り立つの。解毒は『治癒』に該当するのだけれど、これが水と氷の魔法を極めた私にはとても相性が悪い。殺傷力の高い魔法は、それだけで『治癒』と『防衛』に嫌われてしまう」


「俺ならどうだ?」

 ティリオンがレッジーナの隣にしゃがみこんだ。


「クセの付いていないあなたなら可能かも。でも治癒の詠唱を行えば、その経歴が身に刻まれ、魔法系統の修正は効かなくなるけどいいかしら?」


「元より、長い旅路に出るのに治癒魔法は必要だろう。時間がない、教えてくれ」


 レッジーナは余計なことは伝えず、魔法の精製に必要な詠唱文とその成り立ちだけを早口に教えた。あとはティリオンの『毒を取り除くイメージ』に掛かっている。だがこれがなかなかうまくいかない。


「詠唱文を心の中で唱えて魔法を精製し、魔力を爆発させるように魔法名を唱える。魔法名は『解毒デゾント』」

 レッジーナの指示通りやってみるが、肝心の魔法が発動しない。


「ダメだ、頭では理解しているが、毒を抜くイメージが湧かない。そんな場面に遭遇したことなどないからな」


 そうこうしているうちに、男の腕の変色具合がどんどん広がっていく。心臓に達するまで少しの猶予も無い。


「ではこうしましょう。私が解毒のイメージをあなたの頭の中に送る。ティリオンはそれを受けて魔法を発動させて」

「できるのか、そんなことが?」

「防御魔法のひとつ『精神』を使って、私のイメージを送ればそれで。とりあえず説明は後回しよ」


 言うが早いか、レッジーナは自分の額をティリオンのそれにくっつけた。紫色の液体が、白く浄化される映像が頭の中に映し出される。ティリオンはしばし目を瞑り、その映像から流れ来るインスピレーションを受け取った。


 突如目を見開き、手にしていた杖の先を男の腕に当てる。パッと光が杖の先に灯り、花びらを散らしたような光景が一面に広がる。


 するとどうだろう、男の腕の変色が徐々に狭まっていき、ついには毒の個所がきれいに消えたのだった。


「やったぞ!」

 ティリオンは力強く拳を握った。

「安心はできない。あくまで毒が消えただけのこと。命の灯は消える寸前よ」

 レッジーナはスマートフォンを取り出すと、『オンライン』アプリを起動させ、素早い手つきで文字を打った。チェルシーたちに連絡文を流したのだ。

「ホームに運びましょう」

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