第26話 拠点×経路×機関

「どう?」

 チェルシーが顔を覗き込んできた。


「どうって何も起きへんで」

「イメージが足りない。もっと『吸う』イメージを持って」

「吸うって言われてもな……」


 アイナは目をつむり『吸う』イメージを想像してみた。まずはファーストフード店で買ったシェイクを想像してみる。しかし溶けていない状態では非常に吸いづらい。これはイメージとして失敗だった。


(じゃあ、やっぱ関西のうどんかな?)

 今度はうどんを啜るイメージを持つ。吸うよりも圧倒的に効率が良さげな気がしたからだ。すると、どうだろう。大地が微かに光り神秘的な力が地面から足を伝わって、やがては体へと昇ってくる。全身の血管がドクドクと脈打つ感じがして、気が付くと自身の髪を逆立てるようになった。


「え、何これ? めっちゃ足の裏がスースーするんやけど?」

「その状態を保ちつつ、指に理力を移動させて弓の弦を引き絞って」

 チェルシーの指示通りに指を動かしてみる。すると、さっきまでピクリとも動かなかった弦が、まるで輪ゴムのように引っ張ることが出来た。


「うわっ、凄い、凄すぎる!」

「この状態が『拠点ゾーンを高める』と言う。拠点ゾーンを高めれば万物のあらゆる生命から理力を得られる。では、ちょっと後ろに下がってみて」


 アイナは言われた通り、一歩後ろに下がった。大地からの力の流れが止まり、引っ張っていた弦は、急に元の針金のような固さに戻った。


「あ、急に弓が固くなった!」

拠点ゾーンはその場に留まれば留まるほど、得られる理力は大きくなる。姉ちゃんはまだ初心者だから、拠点ゾーンの範囲が狭い。でも熟練者になればその範囲は広がる。ちなみにレッジーナは魔導士としてもガジェット使いとしても一流で、おそらくこの地一帯も彼女の拠点ゾーンに入っている」


「へ~、あの人、そんなに凄かったんや」

「だから、移民者クライアントが来たことも、すぐに察知することができる。姉ちゃんを発見できたのは偶然じゃない」


 アイナは忘れないうちに、もう一度、拠点ゾーンを高める動作をした。

「いいよ。その調子その調子。で、次に、矢を番えて」

 背中に背負っている矢筒から矢を一本引き抜く。矢羽根を弦に添えて引き絞る。


「目標は木の幹に刺さったナイフ。しかし、この小さな的を射抜くために何かしらの手引きが欲しいところだ。そこで『経路リンクを定める』」

「まだ覚えることあるんかいな?」

経路リンクは矢の通り道をイメージすることができればほぼ合格。矢が刺さる結果を予期できれば満点だ」


「待って待って待って、分からへん。どういうこと?」

 アイナは少しパニックになっている。


「いい? 矢が空中を走るイメージ、そしてそれが木にぶつかるイメージ。それを何とかやってみて」

「そんなぶつかるイメージって……」


 アイナは目を瞑り、過去の出来事を思い起こした。


(ぶつかると言えば、調子こいて原チャで飛ばして電柱にぶつかったことやな。大したケガはなかったけど、原チャはボコボコやったなぁ)


「最後に機関モードを選択する。姉ちゃんが持つ戦闘スキルの中で最適な武装の選択を行い、経路リンクのイメージをそれに乗せるッ!」


 チェルシーの大きな声にビクッとなり、アイナは思わず弦と矢を放してしまう。十分に引き絞ってはいたから、飛ぶことは飛ぶだろう。ただ、狙いが甘いとアイナは考えていた。


「あちゃ、失敗や」

 そうひとちた。しかし、チェルシーは、

「大丈夫!」

 とアイナの動作に太鼓判を押した。


 矢はアイナの言う通り目標とする木の幹よりも、かなり脇を抜けていきそうな気がした。ところが、矢が空中で軌道を変えると弾道がカーブし、ナイフの隣にスコンッという小気味良い音を立てて突き刺さった。


「え、嘘ッ! マジで?」

 アイナは走り出し、刺さった矢のところへ走り寄った。それを掴み取り、「ひょっとしてウチ、めっちゃ才能あるんちゃうん?」


 チェルシーはニコニコしながら、

「姉ちゃんは、矢を放つとき何をイメージしたの?」

「何をイメージって、原チャに乗ってて、事故ったときのことを思い出しただけや」

「原チャってのがオイラよく分かんないんだけど、移民者クライアントたちの強みは元の世界の文明が、この世界でのイメージを働かせることに一役買っているところだ」

「そうなんか~」

「姉ちゃんが使った短弓は人間用にとオイラが作ったものさ。今日は上手くいったお祝いにプレゼントするよ」


「ホンマ? 嬉しい~、ありがと~」

 アイナはチェルシーに飛びつき、顔をすり寄せ大きなウサギ耳をもふもふするように撫でた。

「おい、耳は、耳はやめろって言っただろ!」

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