第25話 魔法(ウィザード)と理法(ガジェット)

 午後になり、ふたりは軽い昼食を取った。サンドイッチだったが、挟んであった肉が何の肉かは、アイナは訊かないでいた。


「よし、では弓矢の修業をするぞ!」

「お、やっときたか!」


 アイナの手から魚のナマ臭いが漂ってくる。何度も手を洗っているが、その臭いが消えることは無かった。弓矢を持つ前に、アイナはもう一度だけ川の水に手を浸した。


「おい、こっちだ」

 案内された場所は川より少し離れた森の中だ。

 チェルシーは腰に挿していたナイフを握りしめると、それを投げて大木の一本に突き刺した。


「よし、あのナイフが的だ」

「え、あれを矢で射るん?」

「そうだ。もっと小さくてもいいんだけど、まずはこれくらいから始めないとね」

 チェルシーは肩から掛けていた弓を両手で持つ。片足を半歩分開いて、矢をつがえる。ギリギリと音を立てて弓を引き絞り、限界まで弓弦ゆげんが伸びたところで右手の指を開く。


 ヒューッという音と共に、矢がナイフの真横にスコンッと刺さった。

「めっちゃ凄いやん」

 アイナは素直に驚いた。


「どう簡単でしょ?」

「そら本職やから簡単なわけであって、ウチは全くのズブの素人やで。そうそうまくいくかいな」

 と、最初から諦めモードである。


「では一緒になって型を見せるから、この手順通りやってみて」

 アイナはチェルシーから渡されていた人間用の弓を肩から外すと、彼女と同じように並んだ。そして見よう見まねで弓を左で持ち、矢を右手で握って弓弦と共に後ろへ引いてみる。


「え、ちょっと待って。これ……めっちゃ固いやん。ぜんっぜん動かへんで」

 何度も弦を引っ張ってみるがピクリとも動かない。ついには弓の反っている部分を地面につけて、足の裏で固定して引っ張ってようやく弦が伸びた。

「アカン」

 アイナは弓矢を投げ捨てた。「無理。これは無理やわ」


「弦を引くのに必要な筋量は、だいたい大人ひとり分の体重と言われている。しかし、無理ではない」

「こんな固いの無理やって。まさか今から筋トレして腕の力を鍛えろとか言うんちゃうやろな? てか、女のウチよりティリオンに弓矢を使わせた方がええんちゃうん?」

「力の弱い女子供が外敵から身を守るためには、遠距離攻撃しかない」

「いや、だから力が弱いのに——」


「確かに姉ちゃんの言う通り、力の弱い者にそもそも弓矢は難しい。だけど、この世界にはふたつの力がある。魔力を駆使する魔法ウィザードと、理力を駆使する理法ガジェットが」


「魔法と理法……?」

「魔法は力なき者でも使えるが、習得に時間が掛かるし、敵に距離を詰められたらそこで終わりだ。でも運動神経の良さそうな姉ちゃんなら、物理攻撃こそ身体的特徴を生かせると思う。今からガジェットを教えるから、もう一度だけ弓矢を持ってよ」


 チェルシーの愛らしい顔で頼まれたら断れない。半信半疑といった顔をしながら、アイナは地面の弓矢を拾った。


「魔法は触媒とする魔晶の力と、体内に秘められた魔力が共依存して発動するのに対し、ガジェットは人体を含む自然界に存在する力……理力を借りて能力を発動させるんだ。これにより、力の弱い女、子供でも特殊な能力を授かることが出来る」


「それって超能力ってこと?」

「大自然の力と契約し、能力を超越した能力を得るという意味であれば、姉ちゃんの表現は正しいと言える」

「ウチにもできるんかいな?」


「魔力と理力の源は共にイメージ。人の想像力を超える力は発現できない。自分が発明したいと思った道具があるとする。それを実用化するために人は、その道具の姿や原理をまずイメージするだろ? それと同じだ」


「なんかややこしくなってきたな。もっとわかりやすく説明してくれへん?」

「いま踏みしめている大地にも生命エネルギーが宿ってる。足の裏からエネルギーを吸い取るイメージを持ってみて」


「足の裏?」

 半目になって目をぱちくりさせながら足の裏を見た。スニーカーの目地しか見当たらない。それを大地に付けて、エネルギーを吸い取れと言う。

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