第24話 弓矢を持つ覚悟

 待ち合わせ場所を地図でスポットして『オンライン』で送ってというアイナの依頼は、『そんなの無理だよ』と即座に断られた。


「なんやこの世界、グーグルマップもないんかいな」

 とぼやきながら、言われた通りに川を北上していく。すると、膝まで川の水に浸かって何やら作業をしているチェルシーを見つけることが出来た。


「なにしてるん?」

 声に反応し、チェルシーは顔を上げた。

「ようやく起きたか、この寝坊ねぼすけめ!」

 と、意地に悪い笑みを浮かべながらこう言い放った。怒ってはいないらしい。

「これを手伝え!」

 とチェルシーが川の中から手招きをする。


「え、川の中に入れっていうん?」

 躊躇ちゅうちょしながらも履いているスニーカーのまま川に入る。そこまで深くはない。川に沈められていた木箱を引き上げると、それをアイナに持つように指示する。——罠だ。川魚を捕るために仕掛けられた罠だった。箱の中で魚がびちゃびちゃと暴れる。


 アイナは木箱を持ち上げ、河原の上に乱雑に置いた。

「めっちゃ重いやん」

「どうやら大量みたいだな」

「そんなたくさんの魚どうするん?」

「まあ、見てなって」


 ふたりの背後には簡素な掘っ立て小屋があった。三方を土壁で仕切られた、雨風をしのげる程度の物だ。そこには調理台と刃物、そしてまな板がある。


「では、姉ちゃん、早速だけど、内臓取りの下処理をしてくれ」

「は? 下処理?」

「うん。これらの魚を燻製くんせいにする。今夜の食事分以外は全て日持ちするようにしないと」

「いや、そんなん急に言われてもやったことないし」

「じゃあ今日がその初めての日だな」


 チェルシーは踏み台の上に飛び乗ると、包丁を使って早速魚を処理し始めた。

「まず指を頭の隙間に中につっこみ、この赤いエラを引きちぎる」

「ヒイッ」

「それからお腹を包丁で裂いて、内臓を取る。このとき指で取ってもいいけど、包丁の根元を使ったほうが背骨に溜まっている血合いも取れるし、何よりスピーディー」

 アイナの目の前で手際よく魚を捌いていく。

「うへ~」


 チェルシーの指とまな板は既に魚から出た血にまみれになっている。取り出した内臓がひくひく動いて、何だか気持ち悪い。


「最後に頭を縦に割って『魚の開き』が完成。じゃ、これ全部お願いね」

「これ全部?」

 木箱の中には川魚が二〇匹ほど入っている。

「チェルシーは何するんよ?」

「オイラはこれさ」

 小屋の奥の作業台に、小鹿が横たわってる。無論生きてはいない。

「皮を剥いで鹿肉を切り刻んでいく」

「えええええッ!」

 アイナが目を白黒させる。起きて早々、生き物の解体をするハメになった。

「ちょ、ちょっと待ってええな。ひょっとしてウチ、これのために呼び出された?」

「うん、そうだよ」

 と悪びれも無くチェルシーが言う。


「こんなんパシリやん。だいたい昨日は、『弓矢の練習をする』って言うてたやろ? それが魚とか鹿の調理をするん? なんか話が違くない?」


 この世界で生きていくための覚悟はできていたつもりだった。ところが思っていた以上に過酷な世界のようだ。目の前の残酷な光景を目の当たりにして、改めてその大変さを実感した。


「弓矢の修業はするよ。でも姉ちゃんはひとつ大きな勘違いをしている」

「勘違い?」

「うん。これらの動物たちを得るための方法は狩猟しかない。市場に並んでいる物はどれも解体後のヤツだから、それを買えば問題ないかもしれない。ただ、この国での生活はそんな甘いものではない。昨日命を狙われたように、命のやり取りにまで発展するような世界だよ。生きるためのかてを得ることと、身を守るための弓矢の習得は、ある意味一緒だ」

「それはつまり……」

「弓矢を操るということは、人間を含めた他の生物をあやめるということだ。それが姉ちゃんにはできるの?」


 盲点だった。昨夜の流れから自分が弓矢を習うことに対して、何の覚悟もできていなかったのだ。元の世界では虫を殺したことはあるが、それは全て害虫ばかりだ。人など当然、殺したことはない。


「でも姉ちゃんの思惑とは関係なく、他人は姉ちゃんの命を奪いに来る。そのとき、どうやってあらがう?」


 アイナは包丁を握ったまま黙りこくった。


「オイラの種族は珍しいからほとんどが悪いヤツらに狩られちゃった。今こうして生きていられるのも、身に着けた狩猟の技術が大きい。誰だって人を傷つけたくはない気持ちは一緒さ。でもそれを分かってくれるほど、敵はおひとよしではないよ」


 アイナは包丁をまな板の上に置いて、チェルシーの方に向き直った。

「ウチは守りたい人がおってな。ま、それが理由でこっちに来たんやけど。この世界で頑張って生きたら、その子の命が助かんねん。だから、ウチはこんなとこで負けてられへんのや!」


 アイナは意を決し再び包丁を握ると、ストンと魚の胴体を真っ二つに切った。

「あ~、魚を真っ二つにするな!」

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