第23話 メッセンジャーアプリ『オンライン』

 唐突にアイナはガバッと起きた。窓から差し込むレーザービームのような陽光に、殺意的な眩しさを感じた。


「アカン、めっちゃ寝てもうた」

 自分は元の世界の住人ではない。これからは異世界の住人なのだ。ここでの生活に馴染むには、ここの生活のリズムに合わせなくてはならない。


 頭では分かっていたつもりではあったが、体が言うことを聞かなかった。

(ヤバイな……チェルシーに怒られるかも)


 ベッドから立ち上がり、自室の壁に掛けられている鏡を覗き込む。

 一晩中泣きはらしたかのように、眼球が赤く充血している。加えてうっすらと涙の痕がある。


(あれ? ウチ泣いてたん?)

 出発前の念入りなメイクは取れていた。眉は脱毛して墨を入れているから問題ない。やはりメイク道具が必要だ。しかし、それらを昨日の内に全て紛失してしまった。


「ハア……」

 自分のダメさ加減に呆れて、吐きたくも無いのにため息がでてしまった。


 着替えも無くそのままで寝てしまったため、とりあえず着の身着のままで部屋を出た。行きたくはないが、あの汚らしいトイレで用を足し、手とついでに顔を洗う。


(にしても、何か変な夢を見たような気もするんやけどなあ)

 ティリオンと堂家、ふたりの夢の中での邂逅かいこうは当然アイナも体験していた。ただ、その内容を知る術はない。夢の中の記憶は、目覚めと共に抹消される。


 わずかに空腹を訴えたので、厨房の中を恐る恐る覗き込む。料理長を名乗る、あの可愛らしいウサギ少年に怒られるかもしれないと思いながら……。現に早朝、弓矢の習得を約束していたにもかかわらず反故にしてしまった。


「誰もおらへんやん」

 ダイニングを出たあと、ティリオンの部屋を訪れたが、部屋の中にいるような生活音は聞こえてこない。つまり自分はホームにただひとり残されたのである。


 退屈を覚えながら、ひとりだけ輪の中からはみ出たような疎外感が突然襲ってきた。ここで頼れるのは、ティリオンたちだけだ。なんだか寂しくなって、アイナは泣きそうになった。


 シュポンッ!

 瓶からコルク栓が抜けるような音が鳴った。この音は、自身が所持するスマートフォンのメッセンジャーアプリに、着信があった合図の音だ。


 メッセンジャーアプリ『オンライン』

 昨夜、ダイモンから、

「何か連絡があるときはこれでメッセージを残してくれ」

 と言われ、異世界内で使用できるアプリをインストールしたことを思い出した。メールよりも早く返信できる、元の世界でもお馴染みのメッセージ機能であった。


『もう起きたか?』

 差出人はチェルシーだった。

「おおおお!」

 アイナが何だか嬉しくなり、慌てて返信する。



 アイ 『ごめん、いま起きた!』

 チェ 『うむ、早速弓矢の修業を始めるぞ!』

 アイ 『わかった。いま、どこにおるん?』

 チェ 『川を上ったところにいる。姉ちゃん、来れるかい?』

 アイ 『う~ん。なんか変な生き物とかでるんちゃうん? 襲われたりせぇへ 

     ん?』

 チェ 『問題ない。そもそもここら辺はオイラたちのテリトリーだ』

 アイ 『ほなら今から行くわ』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る