第22話 ティリオン 魔法の習得

 杉の木立の間に間伐された切り株がある。


 その上に火を焚くときに使う薪が、縦に置かれていた。おそらく的にするつもりなのだろう。その薪から一〇メートルほど離れた場所に、ティリオンとレッジーナは立っていた。


 杖を差し出すと、ティリオンはそれを受け取る。野球バットくらいの太さと長さだ。


「この杖はオーク材で作られたもので、初級魔導士にはとても使い易い代物。先端に埋め込まれている魔晶は、昨日仕留めた熊を魔晶化エンコードした物を使用。威力としては申し分ない物よ」


 ティリオンは杖を眺めた。真新しい匂いがツンと臭ってくる。まさか、昨夜のうちに仕上げてくれたのだと言うのだろうか? 杖の先に噛ませてある魔晶は少し緑がかった色をしている。


「魔晶の特性によって石の色は変わる。より濃い色を使用すれば、触媒としての威力も増すわ」

 と、さらに付け加えた。「で、どんな魔法がお好み?」

 レッジーナが微笑み掛けてきた。


「どんなとは、どういった種類があるのだ?」


 彼女は地面に落ちている枯れ枝を拾うと、それを使って土に文字を刻み込む。

 最初は何が書いてあるか分からなかった。その文字の上から黄色く文字が浮かび上がり、日本語で翻訳されていく。


(これが堂家の言っていた翻訳システムか)

 半ば感心しながら浮かび上がる文字を眺めていた。


「この世を構成する五大要素、『火』『水』『空』『風』『土』とあり、それぞれに派生系統である『熱』『氷』『雷』『光』『闇』が続くの。これら全てを極めることは不可能、どれか一つか二つを選び、その道を辿っていくことになる」


 ティリオンは軽く握った拳を顎の前に当て、しばし熟考した。

「火を扱えるようになれば、旅の道中で火を起こすことが楽だと考えていた。しかし、旅の資金を稼ぐために一番効率の良い魔法はどれなのか、一晩考えた結果……」

 ティリオンはしゃがみ込み、土に刻まれたある文字を指さした。「風だ」


「風の魔法をどのようにして資金集めに使うの?」

 レッジーナにしてみれば素朴な疑問であった。


 この男には昨日からいろいろ驚かされている。護身のためにエルフ族に扮してみたり、同行人を肩車してみたり、どれも共感できるものではないけれど、この男の奇特な発想が楽しみになっていていた。


「トイレットペーパーだ」

「トイレ……ペーパー?」

「ああ、この世界では尻を拭くとき、葉を用いるようだ。ならばそれを大量に手に入れ、市場に卸す。風の魔法で葉柄や茎を切断し搔き集めれば、大量に尻を拭くための葉が手に入る。俺の住んでいた世界ではしばしば買い占めが起きて、入手が困難になるときがある。絶対に儲かると思うんだが」

「フフフフ」

 突然、レッジーナがお腹を抱えて笑い出した。「お尻を拭くための葉を手に入れるために風の魔法を?」

 そう言うとまたひとしきり笑った。


「これでも真剣に考えたんだが、ダメか?」

「ごめんなさい」

 笑いによって生じた涙を人差し指で拭いながら、「今までいろんな魔導士を見て来たけれど、風の魔法をそのように使用する人、初めて聞いたものだから」


「そうか。初めてか」

 ティリオンも自分の独創性が稀有けうのものだと知り、一緒になって笑った。


「では風の魔法を習得しましょう」

 背中に装着していた杖をレッジーナは両手で持つ。それから目を瞑り、

「真空の刃……風刃ヴァン

 と、唱えると、切り株の上に置かれていたまきがスパンッと音を立てて斜に切断された。


「改めて間近で見るとスゴイな」

 ティリオンは薪に近づき、切断面を見た。紙を鋭利なナイフで切ったような鋭さだ。果たして自分出来るだろうか? 一抹の不安を抱えながら予備の薪を新たにセットした。


「その必要はないわ」

 レッジーナが優しく声を掛けた。


「どうして? 的が無いと魔法が発動したかの判定ができない」

「それを切断できるようになるにはまだ先になる。まずは習得に必要な魔導書を読み、書かれている呪文を心の中で詠唱すること。魔法が発動するイメージを保ちながらね。それが全て、今できそうかしら?」


 ティリオンは首を振った。

「長い道のりであることに違いない。だったらまずは一歩踏み出すことから始めましょう」


 レッジーナは一冊の魔導書を渡してきた。思っていた以上に厚みがある。初歩的な物であっても、指二本分の厚さがあった。


「読むの大変って思ったでしょ?」

「ああ、正直骨が折れると感じた」

「安心して。魔導書の半分以上は、魔法を編み出した経緯や著者の自慢話よ。読む必要が無い。次いでイメージを湧き立たせるための記述、詠唱文と続く。ねえティリオン、あなたが風を起こそうとするなら、何をイメージする?」


 レッジーナの問いかけの意味は分かっていた。

 魔導書に書かれているイメージの湧かせ方は古典的で、奇抜さや斬新さはない。入門書としては申し分ないが、これは子供向けの魔導書だと彼女は言う。


「あなたのいた世界はもっと文明が進んでいるんでしょ? 魔法になんか頼らないくらいに。それをイメージできれば、魔法の習得は早い」


 ティリオンは力強く頷いた。先ほど薪を立てていた切り株に座り、しばし魔導書に没頭する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る