第21話 寝不足のアイナ

 ドンドンドン。


「お~い姉ちゃん、いつまで寝てんだ! 早くしないと狩りに連れて行ってやらないぞ!」


 アイナの個室のドアをチェルシーが乱暴に叩く。ドアにその長い耳をくっつけて、そばだてて聞いてみたが、返事が無いばかりか物音すらひとつ立たない。

 ティリオンとチェルシーは首をかしげながら互いの顔を見る。


「お~い、今日から弓矢の練習するんだろ? 早く起きて出発する——」

 ドアがいきなり内側へと開いた。

「もうッ! うるさいなッ! いま何時やと思ってんねんッ?」

「何時もなにも、もう朝だ」

「そら分かっとるわ。でもウチはめっちゃ眠いねん、自分らアレか? こんなに朝早く目が覚めるなんて年寄りか? 老化現象なんか? もうちょっと寝かせてぇなッ!」

 口から唾液を飛ばしながら罵詈雑言を吐くと、勢いよくドアを閉めた。


「……」

 仕方がなく、ふたりはアイナの個室を離れた。


「チェルシー済まない。せっかく声を掛けてくれたのに」

「仕方ない。姉ちゃんには姉ちゃんの生活リズムというのがあるんだろ。今日のところはオイラひとりで行くよ」

 と、どこか寂しげな表情を浮かべながら、トボトボとどこかへ歩いて行った。


 チェルシーにしてみれば、自分の得意分野である山での狩猟活動を誰かに教えることは苦ではなかった。むしろ、愛弟子を持てたかのように密かに喜んでいたのだ。まさか、アイナが朝に弱かったとは思うよしもなかった。


「何か騒がしいようだけど何があったの?」

 ティリオンが振り返ると、そこには顔の半分が前髪で隠れた妖艶な美女、レッジーナが立っていた。


「朝から騒がしくて済まない。ちょっと揉めただけだ」

 ティリオンは彼女に向って頭を下げた。


「不慣れな場所に来た途端、自分の荷物も失くしてしまった。肉体もそうだけど、精神的な疲れもあるのでしょう。あとで私が見ておきますからご心配なさらずに」


 まだ一日しか過ごしていないが、アイナの精神力の強さは分かっているつもりだった。不便な生活が強いられる異世界へ自ら飛び込んできたこと。そして、生きるために何でもやってやるという気迫が、ティリオンには伝わってきていた。


 だからこそ、協力すべきだとも考えていた。とは言え今日一日を無駄にしたことで、今後の未来に暗雲が立ち込めるわけでないだろう。


 しばらくは、彼女の思い通りにさせて、徐々に打ち解け合うようにしようと、ティリオンは自分に言い聞かせた。


「ではティリオン、あなたは準備できているのよね?」

 実は腹が減っていたが、朝食の準備は無いと知り、少し気落ちしていた。

 ただ、自分のような異邦人に対し、温かい眼差しで迎え入れてくれたことに感謝していた。特にレッジーナは命の恩人でもある。ダイモンには釘を刺されていたが、ティリオンの心の中に、特別な感情が芽生え始めていた。


「ああ、いつでも構わない」

 魔法を習得する覚悟は既にできていた。

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