第20話 異世界転送 二日目

 次の日、ティリオンは朝早く目が覚めた。


 詐称していたとは言え、経営コンサルタント絡みのメディア出演は頻繁に行っていた。分刻みのスケジュールで身を動かしていたため、短い睡眠でも十分に疲れを取ることができた。


 ただ、ベッドから下りたとき、ふくらはぎや太ももに違和を感じていた。昨日、野山を駆け巡り、意味がなかったと揶揄やゆされたアイナの肩車などを行ったのだ。筋肉痛になるのは当たり前と言えよう。


 テレビに出ずっぱりのころは週に三度、ジムに通い汗を流していた。しかし、メディアから干されるとそれもできなくなっていた。久方ぶりの運動なのである。 


 スーツを着込み、朝の森を少し歩いてみる。どこに危険が潜んでいるか分からない。ホームの周囲だけをゆっくり回った。


 そこへ、寝ぼけ眼のダイモンが咥え煙草で玄関を出てくるのに遭遇した。昨日会ったときよりも、さらに無精ひげが濃くなっている。


「えらく早いじゃねぇか?」

「あんたこそ」

 フン、ダイモンが鼻息を吹かして笑った。

「オレは仕事だ。畑を回って、それから市場へ行く」

 大きな欠伸をしてから、「にしても、またスーツかよ。ま、その生地もこっちではレア物だ。売ってくれるんなら色付けて買うぜ」


 ティリオンは自分の衣服を見た。テレビ出演や雑誌のインタビューではいつもこれを着ていた。愛用のスーツであったが、これを着ていると本物の経営コンサルタント=ティリオン・Kになれた気がした。異世界に渡って来る際、これを着ようと思ったのはげんを担ぐためだった。


 灰色のジャケットに白いワイシャツにネクタイ。エルフになりきるのなら、こういうところから卒業すべきだろう。


「これを下取りに出す代わりに、ひとつ頼みがある。エルフ族が来そうな服を買ってきて欲しい。俺とアイナの二人分を」

「そう来なくっちゃ。大丈夫、任せとけ。エルフには見知った輩もいる。いいのを選んできてやるよ」

 ティリオンは「頼む」とだけ彼に伝えた。


 ダイモンがダチョウのような巨大鳥、『オードリー』に荷車をかせた鳥車に乗ると、振り返らずに手を振った。

 ティリオンがログハウスに入ると、今度はチェルシーがカウンターの前にいた。


「ああ、ティリオン」

「おはようチェルシー」

 と、互いに声を掛け合う。


「これからオイラは狩りに出かけようと思うんだけど、姉ちゃんはどうした?」

「姉ちゃん……アイナのことか? さあ、知らないな」

「もう朝だと言うのに、何をしているのやら」

「狩りもいいが、朝食は無いのか?」

 ティリオンはお腹を手のひらで擦った。昨夜は早めの夕食だったため、すでに空腹を訴えていた。

「朝食? そんなものはないぞ」

「朝食が無い?」

「ティリオンのいた世界には朝食べる習慣があるのか? こっちは一日二食だ」


 こちらに来て初めてのカルチャーショックであった。空腹のままあと五時間ほど待たなくてならないのかと、心の中で残念に思った。


「とりあえず、姉ちゃんを起こしに行こう」

 エルフとして生きるための術を身に着けるのに、慌てる必要もないと思っていた。だが鉄は熱いうちに打てだ。

 ティリオンはチェルシーの意見に同意した。

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