第18話 獅子大陸『オルテシア』

 食事はアイナを除けば穏やかに済んだ。


 ティリオンも初めのうちは、異世界の料理に目を白黒させることもあったが、美味であること、そしてこれが普段の生活様式となるのだと考えれば、アイナのようにはならなかった。


 実際、食材の件は別として、チェルシーの料理の腕が良かったのだ。それにハチミツ酒『ポッシュ』がグイグイと進み、ほろ酔い気分になっていたことも大きい。

 食事の片づけを皆で行ったあと、軽く一服するためダイモンが煙草を吸い始めた。ダイニングはしばし歓談の場となる。


「ところでオマエら、今後どうするつもりだ? ここに来たらからには、何か目的があるんだろ?」

 唐突にダイモンが訊いてきた。


「分からない」

 ティリオンが首を横に振った。


「確かに煙草という手土産を貰った手前、いつまでもここいてくれて構わないとは言った。だが、『金の切れ目が縁の切れ目』という言葉もある。宿代が払えなければ、ここに置いておくにはいかない」


「それをここに来る前から懸念していた。どうやって金を稼ごうかと」

「なあ、一緒に過ごして一日も経っちゃあいねえが、見るところ悪いヤツじゃなさそうだし、他の連中のような辛気臭いところもない。もし良ければだが、ここに定住してオレの仕事を手伝わねぇか?」


「それはイヤええわ

 驚いたことにその返事をしたのはアイナだった。テーブルに顎を乗せ、不機嫌な表情をしたままダウンしている。未だ腹の調子を気にしているのか、腹を手のひらで擦りながら前のめりになっていた。


 ダイモンは大きく息を吐き、

「俺の背後の壁にかけてある地図を見ろ」


 ふたりは視線をダイモンの後ろにある地図へ移動させた。日に焼けた羊皮紙に大きく描かれた模様は、この世界の地図だった。


「獅子大陸『オルテシア』。俺たちが異世界と呼んでいる大地のことだ。大陸の形を良く見ろ。獅子が咆哮している横貌よこがおに見えるだろ。巨大な山岳地帯に囲まれたこの大地を人は、獅子大陸と呼んでいる」


 言われてみれば猛獣が左に顔を向け、口を大きく開いたような形をしている。


「地図の左下、三日月のような形をしている国、それがオレたちのいる『辺疆へんきょう国家 キャリバーン』、森と水で囲まれた自然豊かな国だ。もっとも産業と呼べるものが少なく、木材の売買を除けば、大した金にはならない。また深き森ゆえに、いわくつきの連中が集まりやすい。移住者クライアント、獣人、鬼人、エルフにラパンにホビット、などなど。そのほとんどがすねに傷のあるやつばかり。襲撃者レイダーの略奪品が、もはや国の主要産業になっているという噂もある」


 ダイモンは一本吸い終えると、二本目の煙草に火をつけた。ティリオン持参の煙草が余程お気に召したらしい。満足げな表情をしながら、饒舌に語る。


「ここで仕事が無いと言うのなら、他国に移動するしかない。ここから近い国は……東の商業国家『マイルフォーセル』、北西端の魔法国家『マジェスト』だ」


 ティリオンは少しの間じっと地図を見ていた。それから何かを思い出したかのよう

に口を開いた。


「魔法国家『マジェスト』を目指す。これでも俺は魔法を得意とするハイエルフの設定だ。高位魔法の習得は避けて通ることができない」


「だが、たどり着くには困難が多い。川沿いを南下し、街道に出て都市を抜ける。そこからさらに北上しなければならない。路銀はどうする? 襲撃者レイダーどもは、たとえエルフであっても見逃しはしないだろう。レア種族は奴隷として高値で売れる。かつてのラパン族のようにな。何よりしかばねにすれば、高純度の魔晶にもなる。あまりに危険だ」


「なら、戦えるようになるしかないな」

「エルフと言えば弓矢と魔法だ。それをオマエらに扱えるか?」

 ダイモンの言葉にティリオンは頷いた。


「残念ながら体力や腕力に自信がない。習得するなら魔法だ」

「じゃあ嬢ちゃんが弓矢か? その細腕で?」

 ダイモンの口に皮肉をこめた笑みを浮かべる。

「は? ウチが弓矢なんて持つわけないやろ」

「学生時代にスポーツとかやっていなかったのか?」

 机の上でまどろみながらアイナは口をもごもごさせ、

「まあ、中学んときと高校を休学するまでは陸上をやってたけど……」

「短距離か?」

「——走高跳び」

「決まりだな」

 ティリオンとダイモンは笑った。


「は? ちょっと! 勝手に話を進めないんで欲しいんですけど!」

 アイナは抗議するかのようにガバッと椅子から立ち上がった。


「でもどうやって鍛えるつもりだ? オレは魔法も弓矢も人に教えられるほど得意じゃないぜ」


 それが問題であった。ティリオンの頭の中では、魔法は魔導書を読みふければ習得できると考えていた。かつての自分が英語を習得したように。


 しかし、ここに来るまでの道中でレッジーナがしきりに『イメージ』という言葉を連呼していた。そうそう簡単に習得できないだろと薄々察していた。


「では私が指導してあげましょう」

 厨房の奥から姿を現したのはレッジーナだった。


「な、オマエ……」

「魔法とはイメージの産物。魔晶を触媒しょくばいとし、森羅万象全ての物から力を借り、ありもしない事象を具現化する。仮に魔法で空を飛ぶとしたら、ティリオンあなたは何をイメージする?」

「……」


「宙を舞う綿毛を思い浮かべるのか、それとも大空を駆け巡る鳥を思い浮かべるのか。敵との戦いで刻一刻と迫る命の削り合いに、魔晶コストと詠唱時間、そして具現化しやすいイメージを瞬時に想い描き、最適解を選択する。口で簡単に言うほど魔法は容易くはないのよ」

「無論、承知の上だ」

「おいおいおいおい」


 レッジーナとティリオンの仲が急速に深まりそうになり、ダイモンは慌てた。

「じゃあオイラが姉ちゃんの弓矢を指導してあげるね」


 そう言ったのはチェルシーだった。コック帽子を脱いだチェルシーが小さな歩幅で

トコトコと歩いてきて、アイナの太ももをポンと叩く。

「え……ええ……」

 その仕草がまた愛らしく、アイナは嫌とは返事できなかった。

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