第17話 ラパン族のチェルシー

 ウサギの耳のようなモノが頭部についており、髪の色は鮮やかなピンク色、背丈はティリオンの腰くらいまでしかない。しかし人の顔と身体を持つ者が、近づいて来たのだ。


「夕食の準備ができたよ」

 ウサギ耳の人間が呼びかけた。女の子のように幼い声質だ。


「なにこの子、めっちゃ可愛い~!」

 手にしていたトレイレットペーパーをティリオンに向って放り投げると、ウサギ耳人間に飛びついた。


「お、おい、やめろ。なにをする?」

「わ、めっちゃ喋ってるう。これ着ぐるみとちゃうん?」

「おい、よせ、オイラに引っ付くな。ていうかほっぺをひっぱるなよう。わわわ、耳は、耳はだめ。そこは触らないで……」


「紹介しよう。このホームの食材調達係り兼料理長、ラパン族のチェルシーだ」

 ダイモンがチェルシーの頭をポンポンと手で撫でた。


「めっちゃ可愛いな~。ウチはアイナやで。仲良くしよな、チェルシー」

「ちょっと……お前の匂い、人間族ヒュームじゃないか? なんでエルフの恰好をしてる?」

「まあこれにはいろいろ事情があるねんて」

「エルフ族を『森の民』とたとえるなら、ラパン族は『山の民』とたとえられる。狩猟から採取、木工細工にいたるまで山のあらゆる知識を持っている。ジビエも彼の手にかかればお茶の子さいさい。今夜は美味いもんが食えるぜ」

 


  ◇

 食堂に案内されたティリオンたちが木製のテーブルに着く。ランチョンマットが敷かれ、フォークとナイフにスプーン、それに加え木の枝を加工したはしまで置いてある。


「日本人といったら、やっぱり箸だろ?」

「おっちゃん日本人やったん?」

 アイナが驚きの表情を見せた。

「どっからどう見ても大和民族の顔だろ?」

 と、指で自身の顎を撫でつけた。


 そこへ鍋掴みを両手にめたレッジーナが、グリル鍋を食卓へ運ぶ。長い髪を後頭部で結わえたエプロン姿のレッジーナに、ティリオンは思わず見とれてしまう。


「おい、チェルシー、アレを頼む」

 ダイモンからの呼びかけに、厨房の奥から「あいよッ!」と声がした。すると今度は透明の瓶に入った液体を、チェルシーは頭の上に載せて歩いてくる。


「飯のときに欠かせないのがこれよ」

 ダイモンは液体入りの瓶を受け取る。そしてテーブルに置いてあった、酒樽を模した木製の樽ジョッキに注ぎ込んでいく。

「ラパン族秘伝のハチミツ酒……『ポッシュ』だ」


「ポッシュ?」

 ティリオンとアイナは同時にその聞き慣れない言葉を口にした。


 樽ジョッキの上から覗き込むと、琥珀色の液体に白い泡がホイップクリームのように立っている。一見するとビールのように見えた。


「あちゃ~、お酒かいな。ウチはこう見えて未成年、JKなんよね」

「まあそうカタイ事言うな。この異世界アウターネットじゃあ飲酒に年齢制限はねぇ」


 ダイモンに勧められるまま、アイナは恐る恐る一口だけ飲んでみた。

「うわッ、何これ、めっちゃ甘くて美味しい!」

 泡が白ひげのように上唇に付着した。

「当然だ。オイラの造るポッシュはそこいらの酒とはわけがちがうぞ!」

 チェルシーは小さな胸をドンと張る。

「ねえ、こちらもいかが?」


 しゃもじで鍋の中身を掬い上げ、ウッドプレートにたっぷりと載せる。芳醇な乳の香りを漂わせ、山で採れた香草を効かせたシチューに、ライ麦のパンが皆に振舞われた。


「こっちも美味しそうやん!」

 アイナが早速スプーンで一口頬張ってみる。

「うんめぇ~。え、ちょっとまって、この白いぷにぷには何なん?」

 皿の中の白い牛脂のような物を掬いあげる。「このぷるんぷるん具合、コラーゲンたっぷりなんちゃうん?」

 と、続けざまに口の中に放り込んだ。口の中でチョコのように溶けて、噛まなくても、喉の奥に滑り込んでいく。


「ああ、それはうちで飼育している『食用イモムシ』だ。栄養たっぷりな上に美味しいんだぜ」


 ブフーッ!

 チェルシーの説明を聞いて、思わず口に含んでいたものを吐き出した。

「おい、姉ちゃん何するんだ? せっかくの料理を!」

「こ、これ……イモムシなん?」

 そう言い終えると、アイナな白目を剥いたまま、腰掛けていた椅子と一緒に後ろへと倒れた。

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