第16話 異世界のトイレ

 部屋を案内され、ティリオンとアイナは隣同士の個室をあてがわれた。粗末なベッドとテーブルにチェストボックスが置かれただけの簡素な部屋。それでも、暖かい部屋と寝床を与えられたことに、ふたりは素直に喜んだ。そこへダイモンも顔を出す。


「ひょっとしてオマエら、一緒の部屋が良かったか?」

「んなわけあるか!」

 と、ダイモンの言葉にアイナが真っ向から反対した。「てかさ、さっきから、めっちゃトイレ行きたいんやけど、部屋の中にないやん」


「そんなもんあるわけないだろ。便所と風呂は共同だ」

「そうなん? まあええわ。そのトイレ、おっちゃんどこにあるん?」

「この通路を突き当りまで行って右に曲がれ。その先にある」

「おおきに」


 アイナは体をくねらせながら、小走りで言われた通りの道順を辿った。そしてトイレのドアを開け、慌てて中に入る。その瞬間、アイナは便房を見て悲鳴を上げた。


「きゃああああああああ!」

「どうした?」

 ティリオンとダイモンが駆けつける。

 アイナが慌ててトイレから出てきて、涙目でこう訴える。

「か、紙がないやん!」

「紙がないだと?」


 ダイモンはアイナを押しのけトイレの中に入る。そして足元に置いてある木箱を指さしてこう言った。「ここにあるじゃねえか」


「ここにあるって……」

 アイナは木箱の中に入っていたものを指先で摘まみ上げる。まるで汚い物を触れるようにして摘まみ上げた物は、蓮の葉のようなものであった。

「葉っぱやん!」


「おい嬢ちゃん、まさかこの世界にトイレットペーパーがあるなんて、思ってねぇだろうな?」

「いや、トイレットペーパーもそうやし、トイレとは名ばかりで床に穴がぽっかり空いてるだけやん。便座はどこにあるんよ便座は?」

「あのなあ、これでも昔は地面を掘っては土をかぶせての繰り返しだったんだ。それを工夫して、川の水を敷いた水洗式にしたんだぞ。この世界では最新式の水洗便所だ。よその国ではおまるや木箱による汲み取り式で……」

「いやぁ~いやすぎるうう」


 面倒くさい女だという顔をしながら、ダイモンが両耳を手でふさいだ。

 ティリオンはやれやれといった表情をすると、リュックの中から何かを取り出した。


「アイナ、これを使え。元の世界から持ってきた」

 それは紛れもない、トイレットペーパーだった。「数はあまり無いから大事に使え。それとそのトイレは和式だ。穴をまたぐようにして用を足せ」


「ありがとう~おじさん~」

 泣きながらトイレットペーパーを受け取ると、アイナはドアをバタン閉めた。

「あ、もう向こう行って。音を聞かれるのイヤやし……。なんやここ……『音姫』も無いやん……」

 トイレ用の擬音装置が無いことにも、アイナは嘆いた。


「なんかジェネレーションギャップだよなァ。オレが小中学生のときなんか、和式便所しかなかったんだぜ」

「いまどきの若い子たちにしてみれば和式の方が珍しい。今は洋式がほとんだ」


 たわいもない話をしながら、ティリオンとダイモンは玄関へと歩いて行った。

「なんであんな若い嬢ちゃんが異世界なんかにやってきた? ここに来る移住者クライアントは大抵くたびれた顔をした悲観的な連中ばかりなのによ。あの歳で莫大な借金でも抱えたか? ——ああ、オレもそのクチだ」

 ダイモンが自虐的に笑った。


「二度と元の世界には戻れないことは彼女も承知のはずだ。面接で何度も念を押されたからな。だが、ここに来た。余程背に腹は代えられぬ事情があったんだろう」

「理由を聞いてないのか?」

「ああ、余計な詮索はしたくない。互いにな」


 しばらくするとアイナがトイレから出てきた。貸したはずのトイレットペーパーを大事そうに抱えている。返したくない、上目遣いの視線からそんな意思を感じ取ることができた。

「それはくれてやる」

「ホンマ? おじさんありがと~」

 アイナが莞爾かんじと笑う。

 と、三人が集まっているところへ、何者かがトコトコと歩いてくる。

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