第14話 ホーム管理者 ダイモン

 中へと案内され、ティリオンとアイナはログハウスに入った。


 内装はき出しの木材のままであったが、劣化は見られず手入れが行き届いている。客用の応接間があり、壁には鹿の頭部のはく製が威嚇いかく的に掲げられている。旅先でお邪魔するようなコテージの窓口を思わせた。


 その窓口に無精ひげを生やした体格の良い男が立っている。そして吸っていた煙草を灰皿に押し付けると、

「ヨオ、やっと来たかい」

 と親戚の叔父のように気さくに声を掛けてきた。続けざまに表情を硬くして、

「なんだ……今回はたったのふたりかよ」

 と、残念そうに呟いた。


 レッジーナがふたりの肩にそっと手を置いて、無精ひげの男と対面させる。

「オレの名はダイモン。移住者クライアントたちの最初の拠点、ホームを管理している者だ」

「俺はティリオン」

「ウチはアイナ」

 ふたりは次々とダイモンと握手する。

「その顔と身なりを見ると早速、襲撃者レイダーたちに襲われたな?」


 ティリオンとアイナの顔には擦り傷があり、衣服は所々でほころんでいる。

「ああ、手荒な歓迎だった」

「ヤツらは移民者クライアント狩りだ。異世界からの持ち物には高値が付くから、ヤツらも命がけで追ってくる。もしも次に出くわしときは悪いことは言わねぇ。全力で逃げな」

「彼らは何者だ?」


「ここはオレたちのような流れ者が多く棲みつく、多民族国家の成れの果て。いわゆる『人種のるつぼ』ってやつだ。都市部には国境警備隊を擁した独立国家が存在しているが、他はなんと無法地帯。賊の類はごまんといるって話だ。——まァ疲れたろ。ややこしい話はこれくらいにして、とりあえずゆっくり休め」


 ダイモンがレッジーナに指示して、ふたりの部屋を用意するように命じた。

「そうそう、ここは換金所も兼ねているから、目ぼしいものを出してくれれば、コッチの世界の通貨と変えてやるぜ」


 その言葉を待っていたかのように、即座にティリオンが反応した。

「では早速これを売り払いたい。どうにも重くて先に処分したいと思っていた」

 とティリオンはリュックを床に降ろし、その中に入っていたある一式を袋ごと、ドンとカウンターの上に置いた。


「どれどれ……うひょ、こいつはすげえ」

 ダイモンが袋の中身を開け中身を取り出す。それは中古のスマートフォンだった。


「ええッ! スマホやん? そんなに大量に持ってきたん?」

 そう声を上げたのはアイナだった。


「配布された手引書に書いてあっただろ? 異世界(アウターネット)ではスマホがブームだから、初期の所持金を得るには不要になったスマートフォンを持参するようにと」

「そうなん? 全然知らんかったわ」

 アイナはショートパンツの後ろポケットに入れていた、自身のスマートフォンを取り出した。


「何だい嬢ちゃん、それも売るのかい?」

「——アンタは売らへんからな」

 アイナは優しく自身のスマートフォンに言い聞かせた。「てか、スマホって使えるん? めっちゃ昔のヨーロッパみたいなところやから、電気やガスは無いって聞いて来たんやけど?」

 騙されたわ、と付け加えながらアイナは怒りを露にした。


「何年か前だったか、通信機器を生業とする技術屋の集団が移住してきたことがあった。それを境にして急速に通信網だけが発達し、大陸全土は網羅していないが、ある程度人の居る場所なら携帯電話の使用は可能。そもそもが魔晶という巨大な発電機が点在しているから、電力の心配は無いしアンテナの代わりにもなる。特にオレたちが元いた世界の携帯電話はとりわけ高値で売れる」


 へ~と、アイナは感嘆の声を上げた。

「ふ~ん、しかしどれもこれも一世代前のタイプだな。ま、贅沢は言ってらんねえな」

 ダイモンはスマートフォンを一台一台確認すると、カウンターから背後にある木箱へと袋ごと移した。


「スマホ二〇台、確かに受け取った。では精算するとしよう。ティリオン、アンタのスマホを出しな」

「俺のは売らないぞ」

「分かってるよ。入金するんだ」

「入金?」

「ああ、異世界アウターネットでは電子マネーが主流となっている」

「金貨や銀貨では無いのか?」


「古い集落は未だにそれでやりとりしているが、今は電子マネーの決済が主流だ。大陸七カ国は保有する金の量によって貨幣額に上限が設定されている。金貨は電子マネーの担保となっているから、今は硬貨を持ち歩くより軽くて安全だ」


 ティリオンは半信半疑といった顔で、自身のスマートフォンをダイモンに渡した。それをカウンターの裏に隠してあるノート型パソコンと接続すると「ピシャン」という音を立てた。

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