第3章 「辺疆(へんきょう)国家 キャリバーン」

第13話 異世界(アウターネット)

 何も無い空間にブラックホールのような穴がぽっかりと開く。


 人の大きさくらいのその穴は、外周を紅炎プロミネンスおおわれており、うかつには近づけない。その穴の中から人が飛び出してきた、いや、吐き出されたと言った方が正しいだろう。


 地上より数メートルの高さから放り出されるも、咄嗟に身をよじり、片膝をついて地面に着地した男。——ティリオンだった。


 金色に染め上げた髪を前頭部から後ろへと流し、その長さは肩の位置まで垂れ下がっている。そして特徴的な形をした耳殻と滑らかな絹のような白肌は、北欧民間伝承に登場する『エルフ族』を想起させた。

 そのティリオンが着地と同時に首を二度三度振り、周囲を窺う。


「ここが……異世界アウターネットか……」

 落ちてきた穴から、彼が持参したリュックが少し遅れて落下してきた。それを両手でキャッチする。


 上空で異音を発し、穴が急に閉じかと思うとその脇にもうひとつ、同じような穴ができた。そこからもうひとりの人間が落ちてきたのだ。


「キャーッ」

 ティリオンとは違い、仰向けになるようにして落ちてきた人間——アイナだった。

 そのままドスンと尻から地面に落ちてしまう。


「おい、アイナ。大丈夫か?」

 間髪入れず、空から同じようにキャスター付きのキャリーバッグが降って来る。それがぶつかる寸前に、ティリオンがキャッチした。


「お、おじさん、ありがと~」

 アイナが腰を擦りながら立ち上がる。そして「いてててて、って、ここどこなん?」と彼に訊いた。

「ここが俺たちの目的の場所。異世界アウターネットだ」



  ◇

「そこで俺たちは何者かに襲われた」

 ティリオンの説明を受けて、レッジーナはクククと肩をすぼめながら笑いをこらえた。

「だから耳の形だけエルフなのね?」

「ほら見てみいや、この尖った耳、やっぱバカにされてんで」

「笑ってごめんなさい。でもアイデアとしては悪くないのよ」


 レッジーナの着衣であるローブはすそから腰に掛けてスリットが入っており、それはチャイナドレスのようにも見えた。妖艶な喋り方、豊満な胸、そして涙の通り筋にあるホクロの位置が、その艶やかさに輪をかけた。年齢は不詳だが、自分と同じくらいかやや年下だろうとティリオンは睨んでいた。


素性ステータスを念のため確認させてもらったら、あなたたちふたりは歴とした人間族ヒュームだった。他人の目をくらます手段としてエルフを装うのは、理にかなっている。実践したひとは初めてみたけど」 

 そう言ってからまたフフフと笑った。


「なんかウチら褒められてるん? 馬鹿にされてるん? どっちなん?」

移民者クライアントを『肥えた豚』とたとえたけれど、エルフ族を喩えるなら『怜悧れいりな狼』よ。一歩間違えれば敵自身が手傷を追うことになるし、各国でもその能力は持てはやされている。膂力りょりょくは人並み以下だけど、魔力と理力は平均値以上。弱き者が偽装するにはこれ以上にない存在ね」


 しばらく歩くとレッジーナは急に立ち止まった。

「着いたわ、ご両人さん」


 近くを川が流れる光景に依然として変化はないが、草木が伐採されたそこは、開けた土地という以外に何も見当たらなかった。


「着いたって……何もないやん」

 アイナがレッジーナよりも前に出る。彼女の言う通り、そこには何もない。それを、

「危ないから下がっていて」

 とレッジーナが優しくさとす。それから杖を握りしめると、宙に弧を描くように杖の先を振り回した。するとどうだろう、プリズムが反射したように何も無かった空間が輝き、ホログラムのような描写が徐々に実体化した。それは丸太で作った大きなログハウスだった。


襲撃者レイダーから備えるために、ホームに迷彩をほどこしていたの」

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