第12話 黒ギャルJKアイナ
「あ~しんど。もうちょい小さめのヤツにしとけばよかったかな~」
と、幼顔の黒いギャルはキャリーバックをつま先でコツンと蹴った。
「あれ、ここっておじさんだけなん?」
ティリオンは書類から視線を上げ、
「ああ、今のところはな」とだけ答えた。
「このキャリーバック、上にあげた方がええ?」
アイナは荷棚をツンツンと指さして。
「誰か入ってきてからでいいのではないか?」
「そうやんなぁ~」
言うが早いか、アイナはティリオンの向かいの座席にピョンと跳び乗った。
「ハァ~暑ぅ。ここってクーラー付いてへんの?」
「どうも古いタイプの客車のようだな。近代的な設備は無いらしい」
「じゃあコンセントは? ウチ、スマホを充電したいのに」
ティリオンは手引書の上に落とした視線を、さっきから気忙しく上下させる。
「なあおじさん、さっきから何、熱心に読んでるん?」
「これか?」
そう言ってティリオンは手にしていた手引書を黒ギャルに見せた。
「え、ちょ、なにこれ?」
手渡された手引書はページ枚数実に数十枚に及んだ。そこには異世界で暮らすための様々な知恵や工夫、そして契約の詳細な
「我々が行く予定の異世界の情報だ。現地の大まかな情報が記されている」
「え~うそ~、ウチこんなん知らんで~」
「採用が決まってから一週間以内には自宅に届いていたはずだが」
「あちゃ~、ウチその間、病院に見舞いに行ってたわ」
「郵便物に
アイナは遊び飽きたおもちゃのように、手引書を雑にティリオンへと帰した。
「なあ、おじさんの名前なんていうん? ウチはアイナ。よろしくな」
「ティリオン・クラウドフォードだ」
ここで初めて、互いの名前を知ることになる。
「ええちょっと待って。ティリオンなんとかって……おじさん、外国人やん?」
「そうだな。そういうことにしておこう」
「そういうことにしておこうって……」
アイナは改めて彼をまじまじと見た。
(確かに顔はイケメンの外国人風やけど、顔の大きさの割に身長が低すぎへん? 座高の高さと比べても何かおかしいような)
アイナは目の前に
「てか、どっかで見たことあるでおじさん……。え~誰やっけな? 誰かに似てるっていわれたことあらへん?」
そう言うと、手にしていたスマートフォンのカメラを彼に向けた。カシャッ、という音を立て彼の画像を取り込むと、起動させたアプリで世界中に散らばっている画像と彼の写真を比較させてみた。
『95%の確率でこの人物は【金融コメンテーター ティリオン・K】』
と、表示された。
「ああッ! おじさん車のCMで見たことあるぅ! ティリオン・Kやん!」
ティリオンは白い歯を見せて。
「こんな若い子にも知られているとは嬉しいな」
「でもなんでここにおるん? おじさん、有名人なんやろ?」
ティリオンは表情を曇らせ視線を横に逸らせた。再び視線を元に戻すと、
「なあ、アイナ。今から向かう場所は、俺たちがいた世界とはかなり異なるらしい」
と別の話を持ち出して彼女の質問をはぐらかした。「だから、自己防衛のためにこれを装着しようと思っている」
ポケットの中から人肌色をした固形物を取り出した。
「何なんそれ?」
「3Ⅾプリンターで作製した『エルフの耳』だ」
「エル……フのみみ?」
「ああ」
ティリオンは頷いて見せた。「例えば街中で歩いているとき、タトゥーを彫った人間に近づきたいとは思わないだろ?」
「う~ん、まあウチはそこまで嫌ってはないけど、普通の人はそうなんやろなあ」
「異世界ではエルフ族は一目置かれている存在だ。だから俺は、その異世界で生き抜くために、エルフを演じる」
ティリオンは手にしていた作り物を自分の両耳に被せた。耳の尖ったエルフ族の顔に酷似した。
「俺一人では素性がすぐにばれてしまうかもしれない。アイナ、予備がもう一つここにある。幸い色もくすんでおり、キミの肌と耳殻にもフィットすると思うがどうだ?」
ティリオンは真面目な顔つきで、彼女の眼をじっと見る。「キミもエルフにならないか?」
「は?」
まるで勧誘商法にでも遭遇したような錯覚を彼女は覚えた。ある日突然、親しくもない友人からランチを誘われ、『この洗剤、使ってみない?』と
アイナの額に変な汗が浮かび上がった。
作り物とは言え、身体の一部が妙にリアルな造形として掌の上に乗っている。アイナは思わず息を飲む。
「ひとりなら
(そんなん急に言われてもな……)
アイナの心の中で迷いが生じる。この目の前の男を信じて良いものか。少しばかり思案する。これから先の旅路は、過酷になることは理解していた。だからこそ、誰かと助け合わなくてはならないことは、アイナにも分かっている。ティリオンの言う『生存率』という言葉が、アイナの心を惹きつけて止まない。
(ウチにはどうしても果たさなアカン使命があるんや。少しでも生き延びれるんやったら、例え泥水でも飲み干す覚悟はあるんやで)
「あ~もう分かったわッ!」
引っ
彼女の浅黒い肌に、作り物の耳は色も形もフィットした。
「うん。似合ってるぞ。どこからどうみてもダークエルフだ」
そう言われたものの、少しも嬉しそうな顔をアイナは見せなかった。ダークエルフが何者なのかも分からない。効能を肌で実感できないような、ダイエット飲料を飲まされたような気分だ。
(まあ、悪い人や無いみたいやし、ここで恩を売っといても損はないやろ)
と、前向きな考えを自身に言い聞かせた。
そんなやりとりと続けているうちに、ふたりは強烈な眠気を感じた。まるで、催眠ガスでも吸い込んだように、
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