第10話 エルフ語で『未来を見通す者』
『ティリオン・クラウドフォード・葛葉 週刊誌記事』
と検索。しばらくの間、出てきた情報をしげしげと眺めた。
「私の悪事について何か書かれていましたか?」
凛とした声調で葛葉は訊いた。
頭を振りもう一度検索を行う。先ほどの検索ワードに『犯罪』と追記してみた。
検索結果を見て、堂家は驚いた。
「誰も……どこも……悪く言っていない……。メディア各局のスタッフ、共演者、友人関係に至るまで……あなたの嘘にずっと騙されていたのに、恨み節を言っている者がひとりもいない……。なぜだ?」
堂家は口元でぼそぼそと呟き、「これは天性の人たらしか……稀代の
その言葉を聞いて葛葉は莞爾と笑い、ここぞとばかりに胸を張って見せた。
少しの沈黙のあと、堂家は視線を上げて静かな口調でこう葛葉に訊いた。
「あなたは父親がアメリカ人だと言い張ってはいたが、純然たる日本人だ。しかし、どの記事を読んでも英会話はネイティブ並みだと書かれている。私も実際、国営テレビの教養番組であなたの英語力を目にしたことがある。これはどのようなトリックを使ったのですか?」
暴露記事の中で、彼の英会話力だけは本物だと記載されていた。事実、彼はネイティブ並みの語学力を持つ。
「トリックなどではありません。先ほども申し上げたように、血の滲むような努力をしたのです」
「努力?」
「ハイ。そもそも家が赤貧に喘ぐ家庭で、資格の取得など当然ままならなかった。なので学生時代、図書館で辞書を片手に洋書を読みふけりました。社会で対等に渡り合えるためには、世界で通用する言語の習得が必要であると信じて」
「文法はそれで良いとしても、会話はどうやって?」
「自宅近くにあったアメリカンスクールの女学生を帰宅途中に声を掛け、三年間の交際期間を経て徐々に英語を習得していったのです」
「ハハハハハッ!」
堂家は手を叩いて大いに笑った。「これは傑作だ。まさかそんな方法で英会話をマスターしていたとは」
急に実直な顔つきに戻ると、コホンと咳払いをし、「では最後にもうひとつ……」
パソコンの画面を見ながら、堂家は右手の人差し指を頭上に上げる。
「なぜ、異世界行きを希望するのです? 確かにあなたは嘘の経歴のせいで公の場から失脚した。しかし、英語をネイティブ並みに扱え、大衆をも
堂家と葛葉の目が合った。彼の本心が知りたい。今は素直にそう思った。
「この世界では資格や学歴を持っていなかったために、華やかな舞台に立ち続けることができなかった」
「資格や学歴など実力があれば関係ない、と言いたいところですが現実は厳しいでしょうね」
「もし異世界が本当に実在するとして、努力の結実の先にある実績が評価される世界があるのなら、私はそこを目指したい」
「異世界はあなたが思うほど容易な世界ではない。何か策か妙案でも?」
「私は……これを使います」
葛葉は着用しているスーツの外ポケットから、何やら取り出した。それを両方の耳にかぶせるようにして装着させる。それから肩にかかるほどの長髪を手でかき上げ、髪形をオールバックへと変化させた。
「ほう」
堂家が思わず感嘆を上げた。「エルフ族か」
「はい」
絹糸のようなさらさらの頭髪を豊かに蓄え、作り物の尖った外耳を着用すれば、整形した彼のハーフ顔は、北ヨーロッパの民間伝承に登場する『エルフ』種族そのものに見えた。
「言語はどうするのです? エルフ語も体内に埋め込まれるマイクロチップマシーンで対応はできますが、呪文の詠唱を必要とする魔導書は古代エルフ語で書かれていることが多い。そこまでフォローしきれるほどの装置では無い」
「問題ありません。現地のエルフの女性を
「フン」
キザなセリフに思わず鼻で笑った。「異世界でも一目置かれている種族に
「テーマパークの
葛葉は右手を左胸に当てると、そのまま前へお辞儀をした。
(エルフ族の挨拶……よく調査しているな)
一分か二分ほど、堂家は
(日本中を騙せた稀代のハッタリだけで異世界を攻略できるか……)
それから天井を見上げ、ゴーッと音のするエアコンの吹き出し口を見つめた。
「面白い」
堂家はスッと座椅子から立ち上がった。「
「ならば私はその天佑を信じましょう」
葛葉はニヤリと笑った。
「葛葉勉——いや、たった今からはティリオン・クラウドフォードッ!」
「ハイッ!」
堂家に名を呼ばれて立ち上がる。
「貴殿を異世界行き開拓者として採用する」
経歴書に赤い判で『採用』と押された。
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