第9話 経歴の詐称

 自称経営コンサルタントの男の気迫に飲まれまいと背筋を伸ばし、彼の出方を静かに待つ。


「ハイ、私の名前はティリオン・クラウドフォード・葛葉、アメリカで経営コンサルタント企業の代表を務め——」

「おいおいおいおいおいおい……」

 堂家は両手を前に突き出すと、葛葉が喋るのを制した。「いきなりそれかよ! あんたねえ、まだその経歴を言うのかッ!」


「は? まだ、言うのか、とはどういう意味でしょうか?」

 葛葉の無駄に良い美声に、堂家は何だか腹が立った。


「ねえ、ここに書いてある経歴……声以外全て嘘なんでしょ?」

 堂家は手にしていた書類をパシッと平手打ちした。「葛葉勉さんッ!」


「嘘とはどういうことですか。これからの長い人生、山あり谷ありであるならば、自身の経歴などどうとでも変えていくことができる。人間万事塞翁にんげんばんじさいおうが馬という言葉もある通り、私の人生はまだまだこれから……」

「おいおい、もっともらしいことを言ってんじゃねえよ葛葉さんッ!」

 なんだか急に怒りがこみあげてきた。堂家は口角泡を飛ばしながらさらに畳みかける。

「嘘は困るんですよッ! ふざけた業務内容かもしれないが、これでも歴とした政府機関だ。経歴の詐称はあってはならない。ましてや異世界という未知の新天地フロンティアへの移民を募っている。そこで一緒に暮らす住人のことを考えれば、我々としては正確な人物情報を求めなければならないッ! 役所が住民票記載事項証明書を作成するようにッ!」

 そう言い切ると、堂家が握りこぶしをドンッと机の上に打ち付けた。


「堂家局長……」

 対照的に葛葉は妙に落ち着いていた。それが堂家には気に入らない。


「——なんでしょうか?」

 こめかみがピクピクと脈打つのが自分でも分かった。


「あなたの言う経歴について嘘があったのは事実だ。私はティリオンなどという名前でも無いし、純粋な日本人だ。しかし、人前に出るために途方もない時間を費やして勉強をした」

「だから何なのです?」

 堂家のいら立ちが収まらず、言葉の端々に威圧的な態度が出てしまう。


「各メディアの前で述べたことは、口から出まかせを言ったつもりも無ければ、その場しのぎで取りつくろったこともない。私見ではあったが、私なりの研究と見地から意見を述べたのです。それが世間で認められた」


「あんたが異世界行きを希望している理由は分かっている。財界や報道番組のコメンテーターとしても引っ張りダコだったあなたが、ゴシップ記事によって自身の経歴が嘘塗うそまみれだと暴かれた。それによって現世での仕事場と行き場を無くしたあなたは、今回異世界行きの切符を手に入れようとここにやってきた。そうでしょ?」


 まるで黙秘する犯人を追い詰めるような堂家の口調ではあった。それでも、いろんな修羅場をくぐってきた彼だ。そんなことで動じる葛葉では無い。


「しかし、私が活躍したという事実は嘘では無い。それは歴史が承認だ」

「でしょうね。あなたの活躍……いや活動を先ほどざっと読ませていただきました。なるほど、学歴はともかくとして、知能は高いのかもしれない」

「ありがとうございます」


「以前、たまたまニュース番組でニュースキャスター相手に議論を交わしている、あなたの姿を見かけたことがある。番組の内容はすでに忘れてしまったが、専門家相手に忌憚きたんの無い意見をぶつけ、それに対してうんうんと頷いたことは覚えている。今にして思えば当たり障りのない、無難なコメントであったのかもしれない。しかし、今の国民の政治的無関心を考えるとそれでも充分だった。それが世間には受けたんでしょうね」


 ふうと、息を吐きながら堂家は机の上に肘を乗せた。ヒートアップさせた口論を落ち着かせるように、心の中で自分をなだめた。


「ところが……」

 堂家が落ち着くのを見計らうように、葛葉は口を開いた。「そもそも日本は、いや諸外国も含めれば、どこの国も肩書きや経歴がモノを言う世界だ。私の高い能力を示すためには、資格や肩書きなどを取得しなければならない」


「それのどこがいけないというのです?」

「堂家局長、これは政府高官のあなたが清廉潔白だという前提で申し上げますが、あなたがたの中にも不正を働いていらっしゃる方はいるでしょう?」

「……?」

「政府の役人になるくらいだ、学歴も家柄も相当優秀なのでしょう。しかし、悪事に染まっている輩もいる」

「それはあなただって——」

「私は人を騙したかもしれない。しかし、悪事を働いたつもりもない。その証拠に、世間では誰も文句は言っていない。」


(なんだコイツ……このに及んで自身を肯定するつもりか?)

 心の中で毒づきながら堂家は、素早い手つきでノートパソコンのキーボードを叩いた。

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