第8話 ティリオン・クラウドフォード・葛葉

 その日、堂家の仕事は大した問題が起きることなく順調に進んでいった。壁掛け時計を見ると、午後四時を少し過ぎたあたり。

「残業はしたくありませんねえ」

 と呟き、ネクタイの元をゆるめると、「最後の方、どうぞお入りください」と声をドアの向こう側に言い放った。

 入ってきた男の顔を見て即座に(ああ、コイツか……)と堂家は胸の内で思った。



************************************** ティリオン・K「ティリオン・クラウドフォード・葛葉くずは」のプロフィール 本名【ティリオン・K】 ―ティリオン・クラウドフォード・葛葉—


 シカゴ出身でアメリカ人の父と日本人の母を持つハーフとして生まれる。本名は、ティリオン・クラウドフォード・葛葉。


 アメリカのコーン大学で学士号を取得、マサチューセッツ州立大学でⅯBAを取得し、フランスのサンジェルマン第一大学にも留学して、最先端の経営学を修める。


 2008年、アメリカで経営コンサルティング企業のマイルチャンピオン・マネジメント・インセンティブ・ワークスを設立し、代表に就任。


 現在、同社は本社のニューヨークを筆頭に、ブリュッセル、ハノイなど世界9都市に拠点を展開し、年商四〇億円を誇る。


 葛葉は、共同経営者のエアリス・J・アズカバン氏と共にコンサルティング業務に従事している。


 また、経営学の知見を活かし、ボストンIMBなど国内外の多数の大学・研究機関で客員講師や研究員も努める。


 経営学に基づく鋭い洞察で、コメンテーターとしてテレビ局などメディアからの信頼も厚い。


 長身に色白で彫りの深い端正な顔立ちに高い鼻、そして清廉とも言える美声が特徴。


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 と、事前に用意していた男の経歴書にはこう書かれてあった。ただしこれには嘘が多い。

 堂家は溜め息を吐くと、赤ペンで修正されたもう一部別の経歴書をファイルから取り出し、しげしげと眺めた。





 ※ 経歴書の〈 〉の中身が赤ペンで修正または加筆された箇所である。


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 ティリオン・K〈ティリオン・クラウドフォード・葛葉〉のプロフィール


【ティリオン・K〈学生時代のあだ名がイキリ葛葉〉】


 シカゴ〈香川県〉でアメリカ人〈日本人〉の父と日本人の母を持つハーフ〈純血日本人〉として生まれる。本名は、ティリオン・クラウドフォード・葛葉〈本当の名前は葛葉勉くずはつとむ〉。


 アメリカ〈日本〉のコーン大学〈コーン大学日本校〉で学士号を取得〈半年で中退〉、マサチューセッツ州立大学でⅯBAを取得〈三日間のセミナーを聴講〉し、サンジェルマン第一大学にも留学〈オープンキャンパスに参加〉して、最先端の経営学を修める〈つまりは高卒〉。


 2008年〈2010年〉、アメリカ〈日本〉で経営コンサルティング企業〈ペーパーカンパニー〉のマイルチャンピオン・マネジメント・インセンティブ・ワークスを設立〈登記だけ〉し、代表に就任〈従業員は葛葉のみ〉。


 現在、同社は本社のニューヨーク〈品川〉を筆頭に、ブリュッセル〈旅行で行った〉、ハノイ〈旅行雑誌で見た〉など世界9都市〈品川だけ〉に拠点〈月三万円のレンタルオフィス〉を展開し、年商四〇億円〈昨年度の法人税三万円〉を誇る。


 葛葉は、共同経営者〈全くの赤の他人〉のエアリス・J・アズカバン氏〈実在の会社員の写真を無断転載〉と共にコンサルティング業務〈ウーバーイーツ業務〉に従事している。


 また、経営学の知見〈他人の論文の剽窃ひょうせつ〉を活かし、ボストンIMB〈見学に行った〉など国内外の多数の大学・研究機関〈肩書きを勝手に使う〉で客員講師や研究員〈学習教材を訪問販売しただけ〉も努める。


 経営学〈ずぶの素人〉に基づく鋭い洞察〈一般人の感想〉でコメンテーター〈無難なコメント専門〉としてテレビ局やメディアからの信頼も厚い〈現在は出禁〉。


 長身〈シークレットブーツ〉に色白〈日焼け止めクリームを塗りまくる〉で彫りの深い端正な顔立ちと高い鼻〈全て整形〉と、清廉とも言える美声〈本物〉が特徴。


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(嘘が多すぎだろ……)

 堂家は心の中でぼやいた。

 今、目の前に座る『ティリオン・クラウドフォード・葛葉』と名乗る男は、昨年ゴシップ記事によって素性を暴かれ、日本中を騒がせた一流の詐欺師だ。


 経歴や出自を詐称し、経営コンサルタントを自称する彼は、その素性を誰にも疑われることなく、七年ほど前から突如メディアに現れる。


 ⅭⅯの本数にいたっては実に十数本。どれも大企業の案件ばかりだ。


 端正な甘いマスクに品のある美声。茶の間の主婦や女子大生をとりこにし、テレビや新聞、雑誌で彼の名前を聞かない日々は無かった。低迷するメディア業界にすい星のごとく現れた、経済界きっての経営学の申し子。それがティリオン・クラウドフォード・葛葉だ。


 しかし——

(顔の造りは整形しているから、ハーフだと言われればそうだと認識してしまう。ただ、外国人の血を引くとうそぶくものの、お世辞にも背が高いとは言えないため、ここが怪しむべきポイントだろうな。それにしてもこの男、朝日の陽光の如く自信に満ち溢れたこの表情は一体どうなのだ?)


 胡散臭さを感じつつも、この男の身体中から溢れるオーラのような物を、堂家は肌で感じ取っていた。


(一流の詐欺師とはこういうものなのか? 足元をすくわれないように面接でも用心しなくては)

 堂家は無意識のうちにネクタイをきつく締めあげた。本日最後の来客に、難敵を迎えたと心の中でそう思った。  

「では葛葉・・さん。簡単に自己紹介をしてもらいましょうか?」

 ティリオンなんてふざけた名前を口に出させない。堂家の決意を籠めた名前の呼びかけであった。


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