第2章 「面接」

第6話 法務省出入国在留管理庁局長 堂家

 ティリオンが異世界へ転送された日からさかのぼること一ヶ月ほど前の話——


 電灯の灯りすら満足に届かない、老朽化したとある施設。

 待合所を兼ねた通路の壁に、小型のモニターが掛けられている。病院や調剤薬局等で見られる同タイプのものだが、番号札と同じ数字が表示され読み上げられると、入室が許可されるシステムだ。


 ポーン。

『3番の番号札をお持ちのお客様、中にお入りください』 

 機械的な音声によって呼び出されたその男は、ビクッとなりながら立ち上がり、重い足取りでドアの前に立つ。それからためらいがちに二度、ドアをノックした。


「中にお入りください」

 部屋の中からドア越しに人の声が聞こえてきた。


 待合所の男はずっしりと重たい息を吐くと、目を見開きながらゆっくりとドアを開けた。

 ドアの向こうには、長机の上にノート型パソコンを供えた男がひとり、眼鏡越しにこちらをにらむようにして座っていた。同時に、ブラインドの荒い隙間から射し込む光が、浮遊するほこりに反射するのが目の中に飛び込んでくる。——辛気臭い雰囲気が漂う狭小な空間。


 身体が宙に浮いたような感覚を覚えながら、

「初めまして、う、宇治うじと申します」と、入室を許可された男は頭を下げそう名乗った。

「こんにちは宇治さん。自己申告カードをお渡しの上、目の前の椅子にお掛けになってください」

 ぶっきらぼうで渋みのある低い声を掛けられて、宇治は一瞬気後れする。慌ててくたびれた皮革ひかく製のかばんから書類を取り出し男に手渡すと、指示通りに目の前のパイプ椅子に座った。

「では早速ですが、第三四回異世界アウターネット行き選考のための面接を始めさせていただきます。申し遅れましたが私は、法務省出入国在留管理庁局長、堂家どうけと申します」


「あ、あ、あらためまして、わたくし、宇治と申します」

 男の緊張がありありとこちらまで伝わってくる。奇妙なまでの好感と好奇心を堂家に抱かせるのに十分な挙動。


 これからどのようにして相手の本質を見抜こうか、思考を丸裸にしてやろうか。そんなことを考えながら意地の悪い笑みを浮かべたのち、堂家は手順に従って面接の過程を淡々とこなしていく。


 まずは宇治の生い立ちから過去の経歴、家族構成に至るまで、全て手元にある資料と相違ないか、その確認を事務的に行う。

(中肉中背で顔の色つやがあまり良くない。精神的な不安から来る睡眠障害が見られ、寝つきを良くするために強めの酒をあおるタイプ……。ああ、典型的な中年の男性か)


 値踏みするように、一挙手一投足をただ観察する。どうやら今まで出会ってきたタイプとそう変わりは無いようだ。堂家は急に退屈を感じた。


 一通りの質問で三〇分ほど時間を費やしたのち、少し黙考すると、思いつめた目つきで堂家はこう質問を切り出す。


「では宇治さん、面接を終了させていただく前に、ひとつ確認をしたいことがあります」

 堂家は目の前のパソコンに目を落としながら、立て続けにこう言った。「——現世の何が不満なんですか?」


 人を脅すような、それでいて絡みつく地声が宇治の心を支配した。


「え、あの、その、不満とは……?」


「人が異世界行きを決意する理由は分からなくもない。この国の物価は際限なく上がり続け、長年平均所得は上がらないうえに、増税に次ぐ増税。それから減る一方の老齢年金支給額。非常に生きにくい国かもしれません。不名誉なことに自殺者の数は先進国の中でもトップクラスです。とは言えです。他国の状況に比べたら社会保障もまだ手厚いし、社会インフラだって整っている。この国もまだまだ捨てたもんじゃないと、私は思うんですけどねえ」


 キーボード操作を一時停止させ、パソコンのディスプレイから目を離す。そしてもう一度ゆっくりと、宇治の頭から手指それから足のつま先へと視線を這わせた。


(いくつか気になることがあるが心身共にまずまず良好。体に障害があるわけでも無く、頭の方もどこか異常があるというわけではない……)


 経歴は確認した。自己申告の部分は兎も角、国民ナンバーで記録されている経歴でそれほど大きな瑕疵ましは見られない。ただ、どことなく精気のないこの男に、堂家は何となくだがあわれみのようなものを感じていた。

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