第5話 移民者とホーム

「うっ!」

 ティリオンとアイナが目を細め思わずる。やがて光が収束すると、先ほどまで横たわって熊の姿が忽然こつぜんと消えたのだ。代わりにレッジーナの手には握り拳大の水晶の塊が握りしめられていた。


「生きとし生けるものしかばねとなれば全てが土に還る。ひるがえってそれは、生命エネルギーが新たな生命を育むためのかてとなることを意味する。土の養分となるもの、皮や肉を残し人の生活を豊かにするもの、そして魔晶と化すもの。先ほどの能力は生命力が無に帰す前に、人の糧となる魔晶ましょうとして転生させた事象。分かるかしら?」


「何言ってるんか、さっぱり分からへん」

 アイナは何度も首を傾げた。


「つまり、人間も動物も屍となれば魔晶化できる。敵と思しきヤツらはその魔晶を手に入れるために、俺たちを襲ったということか?」

「あら、理解が随分と早いのね?」

「え、今の説明で全部分かったん?」

 アイナがティリオンの袖を引っ張る。


「しかし分からないな。どうして俺たちなんだ。さっきの熊のように大型動物ではダメなのか?」

「私たちがクライアントと呼ぶ移民者たちは、この世界には無い豊かな生活のイメージを持っているため、魔晶化のエネルギー密度がとても濃くなる。その癖、精神基盤が脆弱ぜいじゃくで、環境に適応するのに時間がかかり、場合によってはすぐに死んでしまう。この世界の者たちにとって移民者クライアントはただの『肥えた豚』よ」


 そう付け加えると、レッジーナは握りしめていた魔晶を懐の中に入れた。


「おじさんもうええやろ。こんなとこ早よ離れようや」

「待て、アイナ。もうひとつ腑に落ちないことがある。この世界に転送されたとき、俺たちは空中に浮かぶ穴から落とされた。保護が目的なら、初めからスタート地点にいてくれれば、お互いこんな思いはせずに済んだのではないか?」


 ティリオンは魔法を扱うレッジーナに対して、まだ気を許していなかった。慎重だと言えばそうなのだが、自分の過去を振り返れば、そう容易く他人を信用できない理由が、彼にはあったからだ。


「理由はふたつ。ひとつは転送地点が多数にまたがるため、ひとつひとつを捕捉することが困難なこと。現にあなたたち以外にも移民者クライアントは大勢いたでしょ?」

 ティリオンはスイッと目玉を右上に動かした。

「ああ、五〇名ほどばかりいたと思う」

「それともうひとつ、この領域を管理している男がこう言うの。『転送地点からオレたちの施設ホームまでたどり着けないようなヤワなヤツらは、遅かれ早かれ死ぬ。助けるなら、ホームの近くまで来れるヤツを優先的に』と」

「じゃあ俺たちは、その要件を満たしたということか?」

「そうね、合格よ。あなたたちは助かったのよ。これから移民者クライアントたちが拠点とするホームに案内するわ」

「やったなおじさん」

 アイナの喜ぶ声にティリオンも笑顔で頷いた。


「ねえ」

 レッジーナが先を行こうと前へ進みながら後ろを振り返り、ふたりにこうたずねた。「今度はあなたたちのことを聞かせてくれない?」

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