第4話 魔導士レッジーナ

 顔の右半分を隠した長い銀髪が、胸元を強調させた衣服にまで掛かっている。正面に突き出した片手には、樫の白木で作られた杖。その杖の先から氷の魔法を発現させたのだと、ティリオンは瞬時に理解した。


「ちょっとぉ~、熊がめっちゃ凍ってるやんッ! どないなってるん?」

 ティリオンの頭上でアイナがわめき散らす。


「フフ、とても元気なお嬢さんね?」

 杖の女がニッコリとほほ笑む。


「俺たちを助けてくれたのか?」

 敵か味方か? ティリオンの頭の中では、謎に包まれた女のことを未だ測りかねていた。少なくとも害は無いとは思うが、生き馬の目を抜くような異世界での生活。用心に越したことはない。


 その心中を察したのか、女は敵意の無いことを証明するために、杖を地面へと静かに置いた。そして両手を広げくるりと一周すると、ワインのような赤い唇を広角に上げる。


「私の名前はレッジーナ。森に棲まう魔導士。そしてこの世界に移民してきた者たちを保護する役目を仰せつかっている」

 その話を聞いてふたりは多少安堵した。自分たちの素性を知る人物に、ようやく出会えたからだ。


「魔導士レッジーナ。まずは礼を言う」

 ティリオンは頭を下げた。その挙動で肩車をされていたアイナが、


「ちょっと、落ちるから動かんといて」と頭上で叫ぶ。


「フフ、まずは彼女……降ろしたらどうかしら?」

 女がティリオンの頭上を指さした。地上へと降ろされたアイナは、

「全く意味なかったな、コレ」と、ブーブー文句を垂れた。


 そんな彼女をティリオンは意にも介さない。

「俺の名はティリオンで、こっちが——」

「ウチはアイナや」

 と命の恩人を目の前にも関わらず、まだ怒りが収まらない様子だ。


 レッジーナはまるで誘惑するような目つきでティリオンを見ながら、氷漬けにされた熊に近づいた。切断面から凍結しかかったゼリーのような血が流れている。


「あらあら、頭が切断されてしまった。毛皮は頭と胴体が繋がっていないと、高値で売れないのに」

 と眉毛をハの字にさせた。しかし、悲観的では無く、むしろこんな状況になってしまったアクシデントを楽しむ余裕が、彼女から感じられた。


「この氷漬けはレッジーナ、あんたの魔法なのか?」

 ティリオンからの問いかけに、

「ええ」

 と答えた。「魔法とはイメージの産物。この世界に存在する魔晶ましょうの力を触媒しょくばいに、イメージを具現化させることで発動する神秘の力、と言えば理解してもらえるかしら?」


 聞き慣れない言葉に、ティリオンの心がざわついた。

「ましょう……とはなんだ?」

「魔力を閉じ込めた水晶、それが魔晶。生命エネルギーを魔力へと変換しそれを凝縮した結晶体よ」

「そもそもだがアンタは何者だ? どこから来た? どうしてここにいる? 移民者たちの保護とはどういうことだ?」

「ちょっとちょっとおじさん、ウチらを助けてくれた命の恩人にそんな言い方はないんとちゃう?」


 ふたりの会話にアイナが割り込み、ティリオンの胸をグリグリと人差し指でつつく。礼儀をわきまえろ、という抗議の表れだ。


「この世界に転送されて、息を吐く間も無く誰かに攻撃された。先ほどの熊は単なる捕食動物の遭遇だと理解できるが、その少し前には弓矢で攻撃されたのだ。明らかに人かそれに近い種族の仕業だろう。だとするならば、アンタがそれを指揮していたという可能性も考えられる」


 ティリオンの質問には答えず、ただフフフとだけレッジーナは笑った。そして、足元に横たわる氷漬けにされた熊に向って両手を差し出し、

魔晶化エンコード

 と唱えると、熊の全身が眩い光に包まれた。

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