第3話 JKのニーソックス

「は?」

 アイナがほうけた顔を見せた。

「いいから脱げ」

「こんなときに何を言うてるん? ウチのニーソックスをどうするつもりよ?」

「熊は蛇を天敵としている。それを脱いでヤツの目の前に落とすのだ。ひるんだすきにゆっくりと後退する」

「ホンマにそれでうまくいくんやな?」

「試す価値はある」


 ぶつぶつ文句を言いながらアイナは彼に言われた通り、スニーカーとニーソックスの片方を脱いだ。それを丸めて熊の目の前に投げつける。転がる黒い物体に熊は恐れるどころか、興味を示してクンクンと匂いを嗅ぐ。


「丸めてどうする? それでは蛇に見えないだろ」

「そんなん知らんがな」

「もう一度だ」

「あ~ん、ウチの貴重な持ち物が……」 


 もう片方を脱ぐと、今度は広げたまま投げつけた。最後のニーソックスはひらりと熊の前に落ちた。一見すると黒い猛毒蛇。それを見た熊が勘違いを起こし、一瞬怯んだあと徐々に後ろへと下がっていく。——効果はあった。


「あ、ホンマにビビってるやん! アイツめっちゃアホやなぁ」

「さあ、今のうちに逃げるぞ」


 ふたりはゆっくりと立ち上がり、熊を凝視しながら後退していく。その挙動の中で、さらなるダメ押し策を取るべく、ティリオンはスッとアイナの背後に回った。


「え、おじさん、なにしてるん?」


 ティリオンは唐突にしゃがみ込み、アイナの両脚を無理やり開いて、自身の首の上に彼女の股間を乗せた。そのままの状態でグンと立ち上がる。——肩車だ。


「えええッ! ちょちょちょ、何?」

「熊の脅威となるように身体を大きく見せる。『俺たちはお前よりもデカイ生物だぞ』とヤツに分からせるんだ」

「いや、だとしてもやな、そんなん前もって言うてぇなァ」

 アイナはティリオンの額をピシャリと叩く。「てかさっきからどこ触っとんねん、おじさんッ!」


 アイナを落とさぬように、彼女の太ももをガッツリと掴む。彼の中に、いやらしいことをしているという自覚は全くない。


「それから両手を振って、俺たちの姿をさらに大きく見せるんだ」


 肩車で合体したふたりは、傍目はためから見ればトーテムポールのような形。それをお互い両手を広げて身体を大きく見せる。


「これでホンマに何とかなるんかいな?」

「言われた通りにしろ」 


 肩車はかく、熊と遭遇した際の対処法については、ティリオンの対応は完璧だった。ただひとつ誤算であったことがある。ふたりがいる場所が『異世界』であるということだ。


 ティリオンの行動が、異世界の熊を刺激した。目の前に突如現れた奇妙な生物に、熊がおびえよりもさらなる興奮を呼び起こした。


「グハッ!」

 熊が後ろ足で立ち上がったかと思うと、再び地面に手を付けて、ティリオンたちに突進してくる。


「うそッ! おじさん肩車作戦失敗やんッ!」

 熊が後ろ足で大地を蹴り上げ、ふたりに襲い掛かろうとした。

「もうやられるう~」

 アイナがそう叫んだ時であった。熊の周囲を白煙が包み込む。いや、白煙ではなく冷気だった。


 熊の襲撃を予覚して目をつむったが、周囲の気温が著しく低下していることに気が付き、何が起こったのかと目を開ける。そこには後ろ足で立ったままの熊が、巨大な氷の中に閉じ込められていたのだ。


「こ、これはどういうことだ?」

 先に目を開けたのはティリオンだった。頭から足の先までブロックアイスのような氷で包まれた熊の巨体が、彫像のように立っている。


氷結グレイス……」


 氷の向こう側からつややかな女の声がした。

 その声に反応したかのように、氷漬けにされた熊が前へ倒れて行き、やがては地面へと突っ伏す。地面と接した衝撃によって、熊の頭と胴体が真っ二つに切断された。

 氷の表面から煙立つ冷気が徐々に収まっていく。熊を挟んで向こう側に立っていた人間をよく観察すると、濃青のうせいのローブを着た妙齢の女だった。

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