オキザリスの花

ちくわぶ

第1話




「私、この花が好きなの。」

そう言った君の横顔は酷く悲しげで、儚くて、

僕はそんな寂しそうにしている君を綺麗だと思った。




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『椎名さん。こちらが入院していただくお部屋になります。入口手前の…あ、右側のベッドをご利用くださいね〜。』



目尻に笑いジワを沢山つける柔和な笑顔をこちらに向ける古株そうな看護師さんに通された部屋は4人部屋だった。


カーテンで仕切られただけの個人スペースには、主張の激しい無機質な白いベッドとこじんまりとした淡い茶色のテレビ台が置かれているぐらいだ。



着替えなどを入れた大きな旅行カバンをベッドの上に無造作に置き、ふぅと一息をついた。

周りを一瞥すると、この部屋に入院してるのは僕と反対側のベッドを使用しているもう1人の女性のみのようだ。




---関わることは、ないだろうなあ。でも、挨拶だけはしておくか。



何故か仕切り用のカーテンを全開にし、ハサミを持って何かを切っている女性に僕は意を決して声をかけた。



「こんにちは。僕、今日から入院する椎名理人です。よろしくお願いします。」


「あっ……えっと、こ、んにちは。」


作業を一旦止めて、少し恥ずかしそうに、たどたどしくも返事をしてくれた。


「……霞と、言います。」


彼女は名前を言うと小さくお辞儀をして、目線を手元に戻した。人見知りなのか、目を合わせて会話するのはあまり得意ではないようだ。



しかし、さっき話した感じから僕よりも若そうだ。まだ20歳になったばかりでないかと思う。あんな若い子が入院しているなんて大変そうだ。なんておっさんくさい事を考えてしまった。





とりあえず挨拶はしたし、まあいいか。





持ってきた荷物を一頻り整理をし、僕はベッドに転がった。やはり病院のベッドなだけあって硬めである。電動ベットなので備え付けのリモコンで操作して、上体を起こしてみたり倒してみたりしてみるものの楽しくはない。


「暇、だなあ。」








「あ、の。一緒に、しますか?」



目を閉じて呟いた言葉に、予想外な一言が飛んできて真正面の方に視線を向ける。


じっとこちらの様子を伺う彼女は、少し緊張した面持ちをしていた。



「あっ…でも、お出しできる、飲み物がなくて、その…」


髪をふわっと靡かせながら辺りを見回し焦る姿に小動物のようなかわいらしさを感じる。つい微笑んでしまう。



「お気になさらないでください。お気持ちだけ頂きますね。そちらに、お邪魔してもよろしいですか?」


「…っ、大丈夫です。」



「スクラップブック、ですか。」


「はい…椎名さんも、よければ、どうですか。」



人見知りかもしれないのに彼女は初対面の、ましてや異性と作業は大丈夫なのだろうか。

でも暇な時間を潰すための物は持ってきてはいない。ここはお言葉に甘えるべきか。



「迷惑でなければ是非。」



ニコッと微笑むと、少し安堵したような表情をした彼女は僕にハサミと何枚かの写真を差し出してきた。



渡してきた写真は全て花や草木だった。彼女は写真を丸く切ったり正方形に切ったりしてスクラップブックに貼り付けているようだ。


「この写真の花、綺麗な桃色ですね。」


「それ、カランコエっていう花、なんです。」



くりっとした目をキラキラさせながら、可愛いですよね。と付け加えた。




やはり少し人見知りな事、花が好きな事、今回が初めての入院ではないのか病院の併設施設の図書館の本の入れ替わりが悪い事、スクラップブックが趣味な事、など写真を切りながら色々な話をした。



最初はたどたどしく返事をしており表情も硬かったが、ある程度慣れてくれたようで時折笑顔を見せてくれる。


大きな目を細めて歯を見せて笑う姿は、第一印象よりももっと幼く見せるし人懐っこさも感じる。実は明るい性格みたいだ。




「失礼します、霞ちゃーん。体温測りますよー。」


「あ、はーい!」



ひょこっと顔を出したのは茶髪のボブの看護師さん。目元にあるホクロが印象的だ。



「あっ、ご家族の方いらっしゃってたんですか。良かったね霞ちゃん!」



たしかに、ベッドの近くにある椅子に腰掛けてたら家族の人と間違えられるよな。



「や、実は…「ち、違うよ!佳代子さん、こちらの方はお向かいのベッドの方で…椎名さんって言うの。」


僕が間違いを訂正しようとした瞬間、彼女は言葉を被せて訂正してくれた。



「あっそうなの。椎名さんこんにちは〜。じゃあ霞ちゃん、体温測るよ。」


愛想笑いを浮かべた看護師は俺に軽く会釈をすると、彼女に体温計を渡した。


「36.2だったよ。」


はい。と体温計を返し、看護師は簡単な業務的な質問をして「特に変わりなさそうですね。」と笑った。




「霞ちゃんお友達できて良かったね。」


「えっと、そういうんじゃ、」


不安そうにチラッと僕の方を見る。友達に当てはまっているのか心配なようだ。



「そうなんですよ。明日もまた一緒にスクラップブック作ろうねって話してたんですよ。ねっ。」


僕がそう言うと一瞬驚いた顔をしたが、すぐにんまりと笑顔に戻り「へへ、そうなの!」と嬉しそうに看護師に返した。




退屈な入院生活の初日に僕は彼女と出会い仲良くなった。



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