第428話 音楽を育てる

 レス・マルヤー楽団は本来ならば、街に入ると同時に宣伝活動をして客を集めていた。

 しかし、今回はパトロンに名乗りを上げたレインズとの面会があるため、なにもせず領都に入った。


 チェチュが何時ものように空いている土地に馬車を停めたら、街の守衛から勝手に停めるなと叱られた。

 どうやらこの街では、馬車による交通事故が起きないように交通法というのがあるらしい。

 確かに街の交差点では中央に旗を持った人が馬車を誘導して、便利だと思った。


 フラメンコが大反響だったおかげで、懐具合は良い。

 何時もは馬車で寝泊まりしているが、この街には暫く滞在するだろう。

 という事で、レス・マルヤー楽団は、素泊まりの宿に泊まった。




 翌日。

 チェチュは身だしなみを整えてから、領主館へレインズとの面会予約を取りに行った。すると、確認しに行った行政官から、直ぐ会えると聞いて驚く。

 チェチュの考えでは、貴族とは威厳を見せつける連中だった。

 暇であっても、もったいぶって相手を待たせて、会えば見下して無茶を言う、ついでにケチでもある。


 行政官に案内された先は、何故かレインズの執務室だった。

 普通、貴族が直接平民と面会する場合は面会室、酷ければ玄関で会う。

 それなのに私室に近い執務室へ案内されて、チェチュは頭が混乱していた。


 行政官がノックして来客を伝え、許可を得たチェチュが部屋の中へ入る。

 部屋の中では書類の束が山積みされた机の前で、レインズが仕事をしており、彼の側には、アンドロイドのイエッタが控えていた。


「し、失礼します」


 チェチュが声を掛けると、書類を見ていたレインズは顔を上げて笑みを浮かべた。


「おお、よくぞ参られた。すまんな、忙しくて面会のセッティングする時間が惜しい。汚いところだが、まあ座ってくれ」

「わ、わざわざ時間を頂き、ありがとうございます」


 レインズと言えば、悪政を敷いていた兄を僅かな人数で倒して、民の為に働く、貴族の鑑というべき存在。

 カッサンドルフを落とした立役者でもあり、つい最近の情報では、何倍の兵力で攻めて来たローランド国に勝利して、伯爵に昇爵したと聞く。

 数多の吟遊詩人が彼の功績を称え、まさに英雄と言うべき人物だった。

 それ故、チェチュはレインズを神に等しい存在だと恐れていた。




 恐縮してチェチュがソファーに座ると、レインズが可笑しそうに肩を竦めた。


「そんなに委縮されても困る。別に何もしないから安心しなさい」

「は、はい」

「本当なら談笑でもして場の空気を良くしたいところだが、本当に時間が惜しい。とっとと本題に入ろう」


 チェチュは知らなかったが、レインズはルディに送られて領地に戻ってきたばかり。

 久しぶりに戻ったレインズを待っていたのは、数えきれない仕事の山だった。


「はい!」

「まずはパトロンの要望に応えてくれて感謝する。王都と比べてこっちは娯楽が少なくてね。君たちの音楽で市民を楽しませて欲しいのが要望だ」

「……という事は、我々は今まで通りに活動すれば良いと?」


 チェチュが首を傾げる。

 貴族は関係を強めるために様々な交流を行う。演奏会は当然ながら、食事会やパーティなどを盛り上げるために演奏すると思っていたが、どうやら違うらしい。


「まあ、本来ならガーバレスト家の為に演奏するんだろうな。だが、パーティなど面倒極まりない。そんな時間があったら、俺は寝る!」


 チェチュがレインズの顔を見れば、目の辺りにくまが出来ていた。

 どうやら本当に仕事が忙しくて寝ていないらしい。


「偶には俺の子供に聴かせて欲しいが……いや、わざわざ君たちを呼んでセッティングするぐらいなら、こっちから聴きに行くか」

「ふぁっ!?」


 レインズのあり得ない発言に、思わずチェチュが仰け反った。


「と、とんでもございません! 貴族様が足を運ぶなど‼」

「構わん、構わん。俺の子供は毎日、街に出て遊んでいる。もう今更だ」


 チェチュはそれにも驚く。

 貴族の子供だぞ‼ 誘拐されたらどうするんだ⁉


 なお、レインズの子供にはアンドロイドのイエッタが、GPS付のペンダントを渡しており、空からも常に監視衛星が確認しているので、防犯対策は万全。

 レインズには、魔法で監視しているから安全だと説明している。




「あーー。イエッタ、後はなんだったかな?」


 レインズが背後で控えているイエッタに尋ねると、初めて彼女が口を開いた。


「チェチュ様。出来れば音楽教室を開いて頂きたく」

「音楽教室ですか?」


 チェチュが首を傾げて、レインズは「そうそう、それだ」と頷き、説明をイエッタに任せた。


「はい。アブリル様のフラメンコとカルロス様のギターは、大変素晴らしいです。そこで、教室で才能のある子どもを見つけて頂き、領地で芸術の文化を広めたいと考えています」


 その話を聞いてチェチュは感心していた。

 既に才能が開花した者を囲うのではなく、才能のある者を見つけて育てる。自分たちが呼ばれたのは、そのためだと理解した。

 だが、問題もある。演奏をする者が増えれば、フラメンコと演奏で稼ぐ自分たちの収入が減るのではないか?


「さては自分の収入が減ると考えているな?」


 チェチュが悩んでいると、レインズが質問してきた。


「ヒィ! い、いえ、滅相もございません‼」


 心を見抜かれてチェチュの心臓が跳ね上がる。

 慌てて否定するが、レインズは笑って手を左右に振った。


「いや、別に構わん。その気持ちはこっちでも理解している。安心しなさい、当然そちらにも見返りはある。まず、支度金として、金貨30枚を支払おう」


 金貨30枚あれば、一般家庭が5年働かずに暮らせる大金。

 先程から驚きっぱなしのチェチュは、金額を聞いてまた驚いていたが、話にはまだ続きがあった。


「教師代は月に一人銀貨5枚。凄いだろ、これだけで一般家庭の収入を遥かに超える」

「なんでそこまで私たちに?」


 楽団と言ってもただの大道芸人。日銭を稼ぐ人間に対する世間の認識は冷たいのが常識だった。


「他は知らんが、デッドフォレスト領では手に職を持つ人間を優遇する」

「あ、ありがとうございます。その御言葉だけで、生きてきた甲斐があります」


 英雄名高いレインズから褒められて、チェチュが感極まって頭を下げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る