第426話 名声か? 音楽か?

 これは、ルディと別れた後のイケルとトニアの物語である。


 イケルとトニアの二人は親から捨てられて、路上生活をしていた。

 ルディが最初に王都に来た時、イケルはルディから財布を盗もうとして失敗する。

 ルディとの一度目の邂逅があった後、イケルは縄張りを荒らしたと同業者に捕まり、右腕を切り落とされた。

 さらに妹のトニアが不衛生な環境で病気に掛かり、イケルは彼女を助けるために物乞いをしていた。


 もう後がなく、どん底まで落ちたイケルだったが、再び出会ったルディが気まぐれでイケルを助けた。

 トニアはナオミ製のポーションで病気が治り、ルディは治療費の代わりに自分の下で働くように命じた。


 その後二人は、ルディの紹介でアブリルとカルロスが在籍している、レス・マルヤー楽団に面倒を見てもらいながら、デッドフォレスト領へ向かう事になった。


 最初、イケルとトニアは見知らぬ大人たちに囲まれて不安だったが、レス・マルヤー楽団の皆は二人に優しかった。

 彼らが優しくするのは、ルディとソラリスがアブリルとカルロスにフラメンコを教えた結果、それが王都で大流行してレス・マルヤー楽団が有名になったのが理由。

 そして、イケルとトニアの身の上を聞いた団員たちも、楽団に入る前は似たような境遇だったので、二人を自分の兄妹のように接した。


 レス・マルヤー楽団に入ったイケルとトニアは、捨てられないためにも頑張って働いた。

 だけど、まだ幼いトニアと片腕のイケルは楽器を扱えない。

 トニアは楽団の顔であるアブリルの身の世話を、イケルは水汲み、掃除、洗濯などの雑用係になった。


 片腕のイケルは全て左腕一本で作業しなければならず、他人よりも仕事が遅く、失敗ばかりしていた。

 それでも、毎日食事が食べれて大人に守られている。路上生活を送っていた頃と比べると天と地の差があった。だから、一生懸命働いた。


 時々、イケルは無くなった右腕を押さえて考える。

 生きるために物を盗んで暮らしていた。そのせいで片腕を失ったけど、後悔はしていない。盗みをしていなかったら、今頃、俺とトニアは死んでいた。

 だけど、何故、苦しい思いをしなければいけないんだ……。


 イケルの心の中には、人生を恨む声が常にあった。




 当時、レス・マルヤー楽団の団長、チェチュは悩んでいた。

 今は大反響で公演は毎回満席で埋まっているが、いずれ飽きられる。人間は一度飽きると冷めるのは早く、一気に寂れるだろう。

 最近ではアブリルのマネをして、他の楽団でもフラメンコを踊り始めた。

 一度だけ観に行ったが、舞台の女優は腕をバタバタさせて、舞台をドタドタ踏み鳴らすだけの、まるであひるが踊っている有様で酷かった。

 だが、他でもフラメンコを踊り始めたという事は、今が流行の絶頂期だと云える。


 やはり移動しよう。デッドフォレスト領へ行けば、ルディと約束したバイオリンが手に入る。新しい音楽の発見がある。

 音楽を愛するチェチュは、まだ見ぬバイオリンの音色がどんなのか夢を膨らませていた。


 彼がそう考えていると、カッサンドルフが落ちてハルビニア国の領地になったと耳にした。

 あの要塞都市が、まさか! と驚くと同時に、これはローランド国とハルビニア国で大戦争が勃発すると予想していた。

 ところがどっこい、何故かカッサンドルフで空前の好景気が始まった。

 チョット何が起こっているのか分からない。

 普通は戦争を予期して、多くの市民が逃げ出すんじゃないのか?

 好景気の余波は王都にも届き、市民の収入が増えたおかげで、一日の公演を増やすほどの客が押し寄せた。

 早くバイオリンを手に入れたいが、お金も大事。いや、お金の方が大事。

 そこでチェチュは、デッドフォレスト領とは反対方向だけど、カッサンドルフへも寄り道して少しの間だけ稼ごうと考えた。




「絶対に反対‼」


 食事中にカッサンドルフへ行きたいとチェチュが話すと、アブリルが真っ先に反対した。

 彼女の勢いにチェチュが冷や汗を流して仰け反る。


「しかしだな……儲かると分かって行かないのは、流石にもったいないというか……なあ?」


 チェチュが味方を求めて周りを伺うが、団員たちは全員呆れた目で彼を見ていた。味方なし。


「確かに今までだったらそうかも知れないわ。だけど、ルディとの約束はどうするのよ!」

「別に期限は決められてないじゃないか! 何時着こうが構わないだろ?」


 それを聞いたアブリルは、呆れた様子で肩を竦めて、頭を左右に振った。


「聞いて呆れるわ。金に目が眩んで状況が分かってないの? 好景気は続かないわ。カッサンドルフを巡って、ローランドとハルビニアが戦争するのは確実よ」

「だけど、今のあそこはもの凄い好景気で、ハルビニアの全土……いや、もしかしたらローランドも含めて、多くの商人が集まっているんだ。その商人からフラメンコが広まれば、何処へ行っても人気になるのは確実だろ?」


 チェチュの話も一理ある。流行は本人が宣伝するよりも、人伝えで広めた方が効果は大きい。

 好景気で商人が集まっている今なら、商人が広告塔になってレス・マルヤー楽団の名は大陸中に響くだろう。


 その説得には、拒否していたアブリルも「うっ!」と、たじろいだ。

 彼女は舞台で踊るだけあって自己主張が強い。もし、自分の名前が大陸中に広まれば、どこかのお城でフラメンコを披露する機会が訪れるかもしれない。

 それは、この世の全ての女優にとっての夢であり、憧れでもあった。


「噂が広まるって事は、ルディの耳にも入るよな……」


 アブリルが迷っていると、背後でカルロスがボソッと呟いた。

 彼の言う通り、噂が広まるという事は、当然ルディの耳に入る可能性がある。

 もし、ルディがデッドフォレスト領とは逆のカッサンドルフに自分たちが居たと知ったら、約束を破ったと思うかもしれなかった。

 なお、この時のルディは、カッサンドルフに居たけど、それはここに居る皆は知らない。


 カルロスの呟きに、アブリルだけでなくチェチュもハッと気付いた。

 今、レス・マルヤー楽団が一番機嫌を損ねてはいけない人物。それはルディ。

 名声か、それとも音楽の未来か……両天秤にかけた結果、チェチュはカッサンドルフへ行くのを諦めて、景気が終わると同時にデッドフォレスト領へ向かうと決めた。




 アブリルが言っていた通り、カッサンドルフの好景気はあっという間に終わった。

 王都の被害はそれほどないが、ハルビニア国の南部ではバブルが弾けて不景気に見舞われているらしい。

 増加の公演数を元に戻しても客入りが少し減ったと感じたレス・マルヤー楽団は、超満員の千秋楽を終わらせると、王都を出てデッドフォレスト領へと旅立った。

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