第425話 異世界イナズマイレブン‼

 アルセニオとダイアナが娯楽施設を作る話をしてから一カ月後。

 カッサンドルフの郊外では、即席のサッカーグランドが作られて、四千人近い市民が集まっていた。


 これだけの人を集めるのは大変だった。

 一応告知はしたけど、興味がない以前に存在すら知らないスポーツ観戦。

 広告を見た市民たちは、サッカーとはなんぞ? と首を傾げた。

 それでも娯楽の少ない世界、興味本位で多くの市民が集まった。


 選手が入場すると、観客から疎らに拍手が沸き上がった。

 揃えた選手は非番の兵士たち。

 最初、ルールすら知らない彼らのプレイは滅茶苦茶だった。

 けれど、一度でもプレイをすると、兵士たちはサッカーが好きになった。

 なお、ルールは分かったけど、戦術など何もなくプレイは滅茶苦茶のまま。


 選手がウォーミングアップしている間、文官が声を張り上げて、観客にルールを説明する。

 相手ゴールに玉を入れたら一点。手を使ってはいけない。魔法を使ってはいけない。殴ってはいけない。あと、殺すな。

 これらは直ぐに理解したが、オフサイドは六割ぐらいの客しか理解できなかった。


 そして、選手の準備が終わって試合が始まる。

 最初は戸惑っていた観客は、プレイが白熱すると同時に興奮しだした。

 スーパープレイがあれば騒ぎ、ゴールを外せば天を仰ぐ、そしてゴールが決まると大歓声が沸き起こった。


 予想を超えた観客の熱気に、様子を見ていたアルセニオは、これは大成功すると確信した。

 なお、彼も観客と同じように年甲斐もなく、プレイに興奮していた。




 試合が終わると、次は何時開催するんだという問い合わせが殺到した。

 それと同時に、自分もプレイをしたいという者も大勢現れた。

 そこでアルセニオはダイアナに相談して、サッカーチームのスポンサーを募集した。

 スポンサーになれば、選手のユニフォームに会社の名前が載り、告知が出来る。

 スタジアムの収益から何パーセントは、スポンサーへ支払われる。

 もちろん、選手のギャラはスポンサー会社が払うが、大勢の観客が来るなら利益がある。

 スポンサーに、カッサンドルフの多くの大商人が名乗りを上げて、12のサッカーチームが誕生した。


 選手が強ければ、当然チームも勝って観客動員数も増える。

 サッカーが上手な選手は次第にギャラが上がり、スポンサー会社も強い選手を集めようと選手のギャラを公開した。

 その公開されたトップ選手のギャラは、庶民が一生働いても手に入らない金額だった。


 強い選手になれば、夢のような大金が手に入る。

 多くの子供が街の空き地でサッカーを遊び、スタジアムに行きたいと親にせがんだ。

 ユニフォームやグッズは売れに売れて、サッカーをするためのボールとシューズも当然売れる。

 その生産は雇用を増やし、カッサンドルフの就職率を多く増やした。


 スタジアムも同様。何時までも郊外の広場で試合をしては、観客動員数の上限がある。それに領地経営のスタジアムでは、スタジアム使用料を支払う必要があった。

 そこで、スポンサーはカッサンドルフの郊外に、チームのスタジアムを作り始めた。

 カッサンドルフの周辺に、沢山のスタジアム建築が始まった。

 それでカッサンドルフは建築屋が多く生まれて、さらに雇用が増えた。




 それから……2年後。

 完成したばかりのスタジアムでは、試合前から始まったチャントが鳴り響いていた。

 観客客は満員の1万5千人。スタジアムは、この世界の建築技術だと最大規模の大きさだった。


「まさかここまで盛り上がるとは思わなんだ……」


 試合を見に来たアルセニオが、感慨深けに観客を眺めて呟く。

 最初にダイアナからサッカーを勧められた時は首を傾げた。だが、蓋を開けてみれば、カッサンドルフの雇用は増えて税収も上がった。


 休日になれば多くの市民がスタジアムに足を運んで、日ごろの疲れを発散させる。その甲斐もあって、2年経った今でも市民の労働意欲は維持していた。

 問題は学校を作っても子供がサッカーに夢中で、学業が疎かになっていることだが、それは自己責任。


 最初の頃と違って最近では戦術も生まれており、今日の試合はゾーンプレスが強いチームと、縦パスが得意なチームの対戦だった。

 そして、この試合はサッカーの噂を聞いたクリス国王と、彼の息子のエスタバン王太子が観にきた天覧試合でもあった。




 試合が始まる前、アルセニオはクリス国王に謁見して、お褒めの言葉を賜った。

 その時のクリス国王は目が笑っており、カッサンドルフの発展の裏にいる誰かを見ているようだった。


 クリス国王はアルセニオと彼の部下の貢献に対して、身分の復位を与えた。

 アルセニオと彼の部下は真面目な性格で不正を許さず、その性格故に政敵に騙されて爵位をはく奪された過去がある。

 一般人に落ちても彼らは不貞腐れず、足掻き、藻掻き、苦しみ、ルディに拾われたてからも真面目に働き続けた。

 これまでの苦労を思い出した彼らは、人目もはばからず大いに泣いた。


 さらにクリス国王は、以前の領地には戻れないが、新たな領地を与えるという。

 だが、その褒美をアルセニオと部下たちは辞退して、このままカッサンドルフの行政官を続けたいと願い出た。


 その願いにクリス国王は悩んだ。

 同じ土地に行政官が長く赴任すると、汚職に手を染める恐れがあるため、行政官の赴任期間は5年と決められている。

 しかし、カッサンドルフほどの大都市を発展させるには、アルセニオと同じか、それ以上の手腕が必要だった。だが、そんな人材は何処にも居ない。

 それに、カッサンドルフは直轄領だが、この地はルディが戦争で手に入れた土地でもある。

 ルディはどんな褒美も受け取らないが、カッサンドルフの地は、アルセニオの背後に隠れているルディの褒美の土地だと、クリス国王は考えていた。

 アルセニオが離れると当然ルディの手からも離れる。それはあまり良くない。


 クリス国王は悩んだ末、アルセニオと彼の部下にたいして、5年毎に行政長官を順番に交代して運営しろと命じた。


 赴任期間は5年。これは他の貴族の目もあるから変えられない。

 だが、指名権はクリス国王にある。それならば、アルセニオと彼の部下を順番に回せば問題ない。


 その命令にアルセニオと彼の部下は感謝して、クリス国王に深く頭を下げた。




 試合はゾーンプレスが強いチームが、3-2で勝利した。

 クリス国王とエスタバン王太子も、試合に興奮していた。

 特にエスタバン王太子はサッカーが気に入ったのか、王都でもチームを作りたいと言って、クリス国王からそんな予算はないと却下されていた。




 試合が終わっても興奮が止まない観客を見ながら、アルセニオは思う。

 人生は何が起こるか分からない。真面目に生きても転落するし、転落しても這い上がれる。

 だけど、人間は何があっても信念だけは捨ててはいけない。


 信念を貫き通した時、待っているのは……悔いのない人生だ。

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