第422話 招待状は全部無視
二日間の会議が終わった後。
ルディは王城の与えられた部屋に入るなり、ベッドの上にピョーンとダイブした。
「まさか造幣場を作ろうとしただけで、宗教を作る羽目になるとは思わなかったです。まあ、こっちの欲しい物は手に入ったから良いですけどね」
ルディは会議中のどさくさに紛れて、カッサンドルフの銀行業と保険業の許可を、勝手に地方債を発行しないという条件付きで得ていた。
なお、クリス国王とバシュー公爵は、地方債の無暗な発行の危険性を把握しており、この数日後に領地持ちの貴族に対して、勝手な地方債の発行を禁止した。
『ハル。俺が任されたヤツの手筈をヨロシク』
『イエス、マスター』
ルディの命令にハルが応じる。
ルーン正教の設立で、ルディの仕事は特にない。
ただし、植物紙と活版印刷の技術を、ルーン正教に提供すると約束した。
そこでルディは、この惑星の文明に合わせた植物紙の作製書、活版印刷機、印刷機作製手順書、操作マニュアルなどをハルに作るように命じた。
ルディが提供する技術は、すぐに使う予定のルーン正教に渡す事にしている。その後、ルーン正教がハルビニアに技術を渡すかどうかは、知ったこっちゃないと関与する気はなかった。
「やべぇ、ガチで眠いです……バタンキュ~」
ルディが呟き、そのまま眠りに就いた。
ルディが起きて指時計を見ると、時刻は午後4時だった。
完全に昼夜逆転した状況に、ルディが顔をしかめた。
お腹が空いたので何か食べ物を持って来させようと、電子頭脳でソラリスを呼んだ。
『腹が減ったから何か食べ物持ってきて』
『おはようございます。レインズ様から、マスターが起きたら大至急呼ぶように命じられています。食事はレインズ様の部屋に運びますので、そちらでお食べ下さい』
『レインズさんが? 分かった、そっちへ向かう』
『では、失礼します』
ルディはソラリスとの通信を切ると、城がレインズに貸している部屋へ向かった。
ルディが部屋に入ると、レインズが笑顔を浮かべてルディを迎えた。
「話は聞いたぞ。ずいぶんと頑張ったらしいな」
レインズが褒めると、ルディは顔をしかめて頭を左右に振った。
「場の空気に当てられたです。つい本気で論戦したから、僕、お疲れです」
「はっはっはっはっ。あのバシュー公爵と面と向かって言い争える貴族は少ない。先ほど国王と面会した時に、ルディの事を褒めていたぞ」
「陛下タフですねー。あの人、寝てねーですよ」
「まあ、忙しい人だからな」
「大変ですねー」
ルディは他人事の様に言うけど、今のクリス国王が忙しい原因の大半はルディのせい。
二人が談笑していると、ソラリスに呼ばれたナオミとルイジアナが部屋に入ってきた。
その後から、ソラリスがサンドイッチを持って部屋に入り、全員にコーヒーを入れた。
「もぐもぐ……ししょーとルイちゃんは何をしてたですか?」
サンドイッチを食べながらルディが質問する。
「暇だったからルイに案内してもらって、城の図書室で本を読んでた」
「暇という言葉が羨ましいです」
「それは自業自得だと思うぞ。お前は少しハルビニアの行政に関わり過ぎだ」
「……それは自覚してるです。目立ちたくない言っておきながら目立ってる僕が馬鹿でした」
それを聞いたナオミは、ルディと会った時にそんな事を言っていたなと思い出して笑った。
「その目立ったせいで、大変な事になっているぞ」
レインズはそう言うと、手紙の束をルディの前に置いた。
「もぐもぐ……ゴックン。これなーに?」
手紙は40枚ぐらい。
まだ植物紙のない時代、手紙は封筒に入れられておらず、そのまま送られてくるか、丸めて送られていた。
「読める手紙だけ見てみたが、茶会、夜会、晩餐会……全部がルディ君への招待状だった」
「……まあ、こうなるとは思ったですよ」
別に驚きはしない。ルディも一年以上この惑星で暮らして、多少は封建社会について学んできた。
ルディの考えでは、封建社会はコネ社会。金よりも関係を重視する。
今回は戦争、政治、晩餐会で活躍し、クリス国王に近づいたルディを自分の派閥に引き込もうと、様々な貴族が招待状を送ってきた。
「おかげさまで、こっちもとばっちりが来たよ」
そう言って、レインズがもう一つの手紙の束を全員に見せる。
こっちの手紙はレインズへの招待状で、全部の手紙にルディを誘って欲しいと書いてあった。
「一方的に手紙を送りつけられても、返答は既に決まってるです。ソラリス」
「はい」
「手紙を送った全ての相手に、『無理でーす』と丁寧に返信しやがれです」
「畏まりました」
ルディの命令にソラリスが頷くと、手紙を全部確認して相手先をメモリーに登録した。
「まあ、そうすると思ったよ」
レインズが肩を竦めた。
もし、ルディが貴族だったら、相手貴族の怒りを買って社交界で孤立するだろう。
だが、ルディは社交界に出るつもりなど全くないし、相手が何か仕掛けようにも、今のルディは、レインズ、クリス国王、ペニード宰相、メラス法務大臣、セシリオ軍務大臣、多くの後ろ盾がある。
もし、ルディが茶菓子を持って「助けて陛下~」と泣きつけば、彼は全力でルディに攻撃を仕掛けて来た貴族を潰すだろう。
「ししょー、僕がやる事は全部済ませたです。後はそーですね、印刷機の件があるから、ダイアナをこっちに向かわせるです」
アンドロイドのダイアナは、デッドフォレスト領で領民の生活向上を担当している。
ここ、最近は仕事が落ち着いてきたので、ルディは王都の担当に回す事にした。
「じゃあ帰るか」
ナオミがそう言うと、ルディが元気よく頷いた。
「帰るです。その後でエルフの里に向かうですよ」
「ありがとうございます」
それを聞いてルイジアナが笑みを浮かべた。
「ところで。レインズさんも辺境伯とかご立派になったから、そろそろ王都にお家が欲しいと思うですが、どーですか?」
「……詳しいな。実は陛下から、王都に邸宅を持つように言われている」
ルディが質問すると、レインズが困った顔をして答えた。
今のレインズは、王都に邸宅を持ちたくても手に入らない状況だった。
以前レインズが王都に住んでいた時は、騎士専用の小さな借家で暮らしていた。だが、貴族になったから、当然借家には住めない。
そして、レインズは短期間で昇爵したため、王都に暮らす同格の貴族と下位の貴族からは妬まれていた。
一応、レインズもペニート宰相やセシリオ軍務大臣とのコネは作った。だが、彼らは常に忙しく身分が高いため、私用で王都に家をが欲しいと陳情を言えなかった。
「そーなんですね。じゃあダイアナに何とかさせるです」
事情を聴いてルディが提案する。
「できるのか?」
「まあ、何とかなるですよ」
ルディにだってコネはない。だけど、今回の戦争前に仕掛けた経済戦術で、多くの貴族が資産を失ったと聞いている。
その損害で邸宅を売ろうとしている貴族を探すように、ルディはダイアナに命じた。
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