第421話 ルーン正教の誕生

「メラス様。ここに来る前に頼まれた件、引き受けましょう」

「おお! 真か!?」


 シブリアーノの話に、メラス法務大臣が嬉しそうに笑った。

 実はここに来る前、メラス法務大臣はシブリアーノに、新しい宗派の大司教にならないかと打診していた。


「はい。宗教とは人の心を救うべき存在。平和の為に利用するならまだしも、戦争の道具に使われる。私は断固として反対です」

「うむ、うむ」


 シブリアーノに、メラス法務大臣が何度も頷く。


「だが、今のルーン教は完全にローランドの支配下に置かれています。このままでは、何れ戦争の道具にルーン教が利用されるでしょう。何とかしようにも、抵抗した者は私を含めて全員が処罰され、残った者どもは自分の保身と欲に塗れている。このままでは、何れルーン教は信者から見放されて地に落ちます」


 シブリアーノはここまで話すと一呼吸入れて、ルディに視線を向けた。


「ルーン正教、私は良い名だと思う。神に頼るだけでなく、神から与えられた英知を持って自ら未来を切り開き、人の平和を祈る。これこそ、人類を正道に導く宗教だ。神よ、今日、小さな賢人と出会えたことを感謝します」


 シブリアーノはそう言うと、ルディに向かって祈りを捧げた。


「僕を崇めても、何もやらねーですよ」


 拝められたルディが嫌そうな顔をする。


「ははははっ。お前はそれだけの事をしたんだ。そう嫌そうな顔をするな」

「僕はローランドの戦略を見抜いて、対策を立てただけよ。こんな大事になるなんて思ってねーでした」


 クリス国王が笑ってルディを窘めると、ルディが肩を竦めた。


「新しい宗派を作る事が、小事で済むか!」


 バシュー公爵が呆れた様子でルディを睨むと、全員が全く持ってその通りだと頷いた。




「さて、大司教も決まった事だし、これから具体的にどうするかだが……」


 クリス国王が意見を求めると、この場の全員が真剣な表情になって、様々な意見が飛び交った。

 今後の人類の歴史を左右する重大な事を決めるには、少人数だったかもしれない。

 だが、この場に居るのは、柔軟な思考を持っているクリス国王、彼を支える名宰相、経済家、法律家、宗教家。それに、高度な文明の知識を持つルディ。

 彼らはそれぞれのジャンルにおいて、天才に近い頭脳を持っており、大人数で議論するよりも効率的な意見を言い合った。




 何回かの休憩を挟んで二日後。ルーン正教について具体的な方針が決まった。その方針とは……。


 ・ルーン正教の発表は、半年後。年が明けてから発表する。

 ・メラス法務大臣とシブリアーノは公表までの間に経典を作製する。

 ・最高位を大司教にして、教皇は作らない。

 ・ルーン正教の初代大司教をシブリアーノにする。

 ・大司教は6年ごとに選挙で任命。再任は2回まで可能とする。

 ・選挙権は司祭まで与えられる。

 ・王都に大聖堂を建造してルーン正教の総本山にする。

 ・大聖堂の建築費用は、国が半分出資する。

 ・造幣所は王都に建造して、建築費用は国が全て出資する。

 ・建造に掛る資金は国債を発行して賄う。

 ・通貨の名称はルーン金貨に変更して、価値と形は従来と同じにする。

 ・通貨の製造は、毎年ハルビニア国とルーン正教の間で製造枚数を決める。


 他にも細かい事を決めているが、大きな方針としては以上となった。




「やっと決まったな」


 二日目の明け方、側近がまとめた内容を確認したクリス国王は、疲れた様子で息を吐いた。


「老体に徹夜は厳しいのう」

「全くですな」


 メラス法務大臣にペニート宰相が頷く。だが、二人は大きな仕事をやり遂げ満足そうな表情をしていた。


「何を言っておる。大変なのはこれからだぞ」

「その通りですな。来年の発表以降……間違いなくローランドが……いや、ローランド派が妨害してくるでしょう」


 バシュー公爵に続いて、シブリアーノも不安を口にした。


「発表したら後はスピード勝負です。相手が妨害する前に、国中に知らせて、国民全員宗派を変えさせるです」

「そう上手く行くか!」


 バシュー公爵が言い返すと、ルディが偉そうに胸を張った。


「そのための技術を一つ、提供するです」

「……ほう? 何の技術をくれると言うんだ?」


 クリス国王が質問すると、ルディはニヤリと笑った。


「植物紙と活版印刷です」


 それを聞くなり、クリス国王とペニート宰相がギョッとしてルディを見る。


「あれか‼」

「……確かに聖書があれば広まるのも早いが……あの紙は沢山作れるのか!?」


 二人は以前、デッドフォレストの設計書に見ており、存在を知っていた。


「元は木ですよ。動物の皮なんかよりも大量に作れるです」

「活版印刷とは何だ?」


 バシュー公爵が活版印刷について質問する。


「同じ文章を何枚もの紙に刷る技術です。あると便利ですよ」


 それだけでどんな物かを理解したバシュー公爵が、眉間を押さえて深くため息を吐いた。


「人類の大発明を気軽に言うな馬鹿者め!」


 今までの本は全て手書きであり、聖書も写本だった。

 だが、活版技術があれば多くの聖書が作れる。

 それに、聖書だけでなく公布書も正しく国民に伝える事ができた。




 のちに、その場に居合わせたクリス国王の側近の一人が、友人に語る。


「白熱して議論する様子はまるで戦争だった。全員が疲れていた二日目の深夜、彼らの頭上に光が差して神の姿が現れた。それはまるで彼らを祝福しているようだった」


 その側近が見たのが本当かどうかは分からない。

 だが、その話は広がってから数年後。五人の男性と一人の少年が激しく論争をする絵が描かれ、『ルーン正教の生誕』という題名が付けられた。

 さらに数十年後。ルーン正教が広まると絵は有名になり、絵の中の六人は聖人と称えられるようになった。

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