第415話 炙り甘鯛桜昆布締め

 レモンヨーグルトのアイスクリームで口の中の油を綺麗にした後、出て来た料理は、メインの魚料理とそれに合う白ワインだった。


「本日のポワソンは、炙り甘鯛の桜昆布締めでございます。隣のソースはカラスミソースでございます。お好みでお召し上がりください」


 全員が目の前に出された料理を眺めて、ソラリスの話を聞いていた。

 皿の上には、皮を炙った甘鯛の切り身が綺麗に並び、料理の横では茶色いソースが皿に塗られている。

 桜の塩漬けと葉が飾りとして添えてあり、彩りも美しかった。




 ルディが用意した魚料理は、二日前に仕込んだ甘鯛の昆布締めだった。

 クーラーボックスで一日寝かせた昆布締めを取り出すと、表面を布で拭き昆布の滑りを取る。

 出す直前に魔法の炎で甘鯛の皮を炙り、パリッとさせる。

 ソースは市場で買ったカラスミをみじん切りにして、日本酒を加えてから擦り液状にすりおろした。


「これはマリナードマリネ料理かな?」


 皿に載っている魚を見て、クレメンテ子爵がソラリスに質問する。


「似て異なる物でございます。マリナードはマリネ調味液に漬け込みますが、こちらの料理は酒と酢で戻した昆布を魚に巻いて、密封した保存食でございます」

「ほう? 初めて聞く製法だな」


 彼女の返答にクレメンテ子爵は興味津々。

 隣の料理長も、そ知らぬふりをして今の会話を聞いていた。


「魚か……儂は魚に関してはうるさいぞ」




 海の近くに領地を持つバシュー公爵が、目の前の料理を見て鼻で笑う。

 まずは魚の味だけを確かめようと、ソースを漬けずに甘鯛を食べた。


 食べているうちに、バシュー公爵の目が驚愕に大きく開く。

 まず口の中に入れた途端、昆布のよい香りがふわっと漂ってきた。

 甘鯛の特徴は、名の通り甘みがあり繊細な身質。

 それが昆布締めで寝かせた事で、余計な水分が抜け身が締まり、ねっとりとして弾力もよりしっかりとしていた。

 炙った皮はサクッと歯ごたえがあり、皮目の旨味を丸ごと味わえた。


 昆布に挟んだだけなのに、こんなに美味しくなるのか⁉

 バシュー公爵驚きつつも、今度はカラスミのソースを漬けて食べてみる。


 カラスミのソースは深い旨味とまろやかな甘味、程よい塩気。それが昆布締めの味と非常によく合っていた。


 そして、この料理は白ワインと相性が良い。

 バシュー公爵はワインを一杯飲むと、満足げな表情を浮かべた。




「ソラリスとやら。この魚から微かに花の香りがするのじゃが、これは魚の匂いかな?」


 メラス法務大臣は、甘鯛から仄かに花の香りがするのに気づき、ソラリスに質問した。


「いいえ違います。今回の昆布締めは特別に、昆布と魚の間に桜の塩漬けを挟みました。そうする事でほんの僅かですが、魚に花の匂いを移しています」


 ソラリスの返答を聞いて、メラス法務大臣が嬉しそうに笑った。


「なんと繊細な料理だ。この様な雅やかな料理は初めてじゃ」

「まったくですのう」


 メラス法務大臣にペニート宰相が頷く。

 彼はここまでの料理を食べながら、こんな美味い料理が出る晩餐会に来なかった、自分の妻を哀れに思っていた。


 なお、この料理を食べたクレメンテ子爵が絶叫しそうになったので、前の席のナオミが防音魔法で彼を包み、全員静かに食事ができた。




 料理を食べ終えたクリス国王がソラリスを呼んだ。


「ソラリス」

「何でございましょうか?」

「先ほど保存食と言ったな。これは何日持つ?」


 彼は日持ちがするのなら、海から離れている王都でも美味い魚が何時でも食べられると考えていた。


「3~4日。ただし、冷やして保存する必要があります」

「今回はどうやって冷やした?」

「魔法でございます」


 ソラリスは嘘を吐いていない。ただし、今回は移動手段のために昆布締めをしたのではなく、ハルが城まで運んだのを、ルディの魔法で凍らせた。


「魔法か……奈落。この前、ルディが魔法でバラを一瞬で凍らせたのを見せてもらった。もちろん報酬は出す、アレを城の魔法使いに教える事はできるか?」


 クリス国王の頼みにナオミが顔をしかめた。


「教えることはできるが、死んでも責任は取らないぞ」

「……危険なのか?」

「冷凍魔法の理論はローランドの魔法銃の真逆だ。空気中のマナに干渉して、分子の動きをゆっくりさせて温度を下げる。間違って自分ごと分子の動きを止めたら凍って死ぬぞ」

「……すまんが私は魔法にそれほど詳しくない。ルイジアナ、奈落の言っている意味が分かるか?」


 分子とは? ナオミの説明が理解出来なかったクリス国王は、元宮廷魔法使いのルイジアナに助けを求めた。


「陛下。申し訳ございません。ナオミの話を説明するためには、まず基本的な科学知識が必要です」

「科学知識?」

「はい。私も今それを勉強中なのですが……その……」

「よい、言ってみろ」

「……はい。科学知識の大半は現在のルーン教の教義とは異なっていて、それを教えるだけで罪になります」


 それを聞いたクリス国王が天井を仰ぎ、バシュー公爵とメラス法務大臣が気難しい表情を浮かべた。


「なるほど……奈落はルディが今度やろうとしている事は聞いているか?」


 この場ではまだルーン教の新しい宗派について知らない人物も居る。

 クリス国王は言葉を濁して、ナオミに質問した。


「聞いているよ。また突拍子もない事を想い付いたと思ったね。アイツは何時も思い付きで計画性がないから、振り回される方は大変だぞ」


 ナオミが呆れた口調で答え、レインズを見る。

 レインズもルディに振り回されっぱなしなので、苦笑いを浮かべていた。


「ははははっ。確かにその通りだな。それで、奈落はルディの考えをどう思う?」

「別に私はルーン教の信者でもないし、教義も信じてもない。ただ…そうだな……これだけは言えるかな。ルディは人類の未来の発展を願っている。そこに私欲や私情は一切ない」

「…………」


 ナオミの話に場が静かになる。話に付いて行けない者も居たが、ルディの事を知っている者は、今の話について考えていた。


「クリス国王。私はルディを信じろとは言わない。アイツの言う事を全部聞いていたら大変だからな。だが、その大変な先には、人類の希望が待っているぞ」


 ナオミの言う希望とは、遥か未来、科学と文明が発展して人類が宇宙へ進出する事だった。

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