第414話 黄金のスープ
スープが目の前に置かれると、誰もが驚き目を見張った。
「黄金色……」
透き通ったスープの色に誰かが呟く。
彼らの前に出されたのは、誰も見た事がない黄金に輝くスープだった。
スープの正体は、牛足の
作り方は、牛足を臭い消しの野菜と一緒に鍋で4時間以上煮込む。その時は灰汁が出たら必ず取り除く。
一度牛足を取り出して、骨の周りについているコラーゲンたっぷりの肉を手で剥ぎ取り、もう一度牛の足を鍋に入れてから弱火で煮込む。
なお、はぎ取った肉は後で使うので、捨てずにとっておく。
さらに4時間ほど煮込んでから火を止める。
暫く放置して温度が下がると、表面上に白い油が浮いて固まるので、それを全部掬い取り、布で濾しながら別の鍋に入れ替える。
次に、牛のひき肉にスープを入れてよくかき混ぜ、牛挽肉水を作る。
牛足のスープに牛挽肉水を入れ、木べら等で混ぜながら中火で煮る。
挽肉が浮いてきたら、さらに30分ほど煮る。こうする事で、牛足スープの余分な脂が挽肉に付着して、スープの透明度が上がる。
最後にもう一度布で濾して挽肉を取り除いたら、透明度の高い牛足のスープの完成。
味付けは塩と胡椒のみ、具は最初に取り出したコラーゲンの塊である牛足の肉と、飾りつけに刻んだパセリを振りかけるだけ。
材料費はほとんどタダだけど、どの料理よりも手間と時間を掛け、牛の旨味を濃縮させたスープは、まだ誰も食べた事のない未知のスープだった。
「……これが牛足だと? なんて美しい味だ!」
普段からルディの料理を食べているナオミでも、このスープには驚きを隠せず一口飲んで目を見開いた。
それはルイジアナとレインズも同様。二人は味に感動して鳥肌を立てた。
「飲むのが怖いな」
「ええ、一体どんな味なのかしら?」
クリス国王とアマンダ王妃が恐ろしげにスープを見つめる。
最初は牛の足というのが理由だったが、今は未知の味が恐ろしいと感じていた。
「なっ⁉」
スープを飲んだ途端、クリス国王は体をビクッと跳ねて身を震わせる。
そして、驚愕したまま、視線を彷徨わせた。
それは隣のアマンダ王妃だけでなく、参加者全員、スープを飲んだ途端、彼と同じ反応をしていた。
「これが……牛の足だと?」
正気に戻ったクリス国王が、もう一度スープを口に含む。
濃厚な肉汁の味。だが、油っぽさは全くなく、極上の牛肉の味だけがスープに浸み込んでいる。
それに、味付けが塩だけなので、スープを飲んでも口の中がサッパリしていた。
「この柔らかくてコリッとしているのは何?」
アマンダ王妃が、コラーゲンたっぷりな牛足を食べて首を傾げる。
「ふむ。不思議な食感だな。でも、味が染みてて美味い!」
「ええ、本当に面白い食感ですね!」
正体が知りたくて、アマンダ王妃がソラリスに質問すると、彼女から「牛の足肉でございます」と答えが返ってきた。
「まあ?」
「なんと‼」
「これが牛の足だと?」
ソラリスの返答に、アマンダ王妃だけでなく、話を聞いていた全員が驚いていた。
「料理長。この料理と同じ物は作れるか?」
エスタバン王子がエルネスト料理長に質問する。
料理長は暫く無言でいたが、やがて悔しそうに口を開いた。
「申し訳ございません。私はこの料理の臭みを取る方法を存じません」
ルディが肉の臭みを取るのに使ったのは、玉ねぎ、長ネギの青い部分。そこまではルディを監視していた料理人見習いから、報告で聞いている。
だが、料理人見習いは、この惑星では薬草の部類に入っている生姜とニンニクの正体を知らず、報告では白い球根とだけしか報告していなかった。
「……そうか。悪かった、今のは忘れてくれ」
「……申し訳ございません」
落ち込んだ声でエルネスト料理長が謝罪する。
その隣では、クレメンテ子爵が奇声を叫びそうになるのを、必死でこらえていた。
こうして前評判はゲテモノ料理と評されていた牛足の黄金スープは、全員から好評を得て、翌日から幻の黄金のスープと言われるようになった。
「次は口直しのソルベ。レモンヨーグルトのアイスクリームでございます」
次の料理が並んで、ソラリスが料理の名前を伝える。
コースの順番は前後にズレるが、次の料理を食べるには牛足のスープで付いた口の中の油は邪魔だった。
そこでルディは、清涼感のあるレモンとヨーグルトのアイスクリームを出すことにした。
ソラリスの説明を聞いても、ナオミとルイジアナ以外、アイスクリームは食べた事も見た事もないので、何の料理か分からず首を傾げた。
「これは氷菓子だ。味は……」
ナオミがソラリスの説明をフォローをしてから、アイスクリームを食べる。
食べた途端、ナオミは笑みを浮かべて何も言わなくなった。
「どうかしたのか?」
ナオミの様子にセシリオ軍務大臣が質問すると、彼女は笑いを崩さないまま口を開いた。
「……これ、他の貴婦人に知られたら、とんでもない事になるぞ」
「よく分からんな。まあ、食べてみるか」
言っている事が分からず、セシリオ軍務大臣もレモンヨーグルトのアイスクリームを食べてみた。
口に入れた途端、アイスクリームが口の中を冷やす。レモンとヨーグルトの酸っぱさに、アイスクリームの砂糖が合わさることで、酸味の刺激を押さえ甘酸っぱい味になっていた。
その冷たさと甘酸っぱい味は清涼感を与え、口の中に残ってた油っぽさを全て吹き飛ばした。
「うぬぬ……なるほど。確かに、このアイスクリームとやらが貴婦人たちに知られたら非常にマズイかもしれん」
セシリオ軍務大臣の隣に座っている彼の妻、オリバレス夫人も、アイスクリームを食べて彼の意見に同意した。
「貴方の言う通りね。特に若い女性にこれが知られたら、大流行するわ」
そう言ってオリバレス夫人がレイナ王女を見れば、彼女は至福な表情を浮かべながらアイスクリームを食べていた。
「レイナはこれが気に入ったみたいね」
「はい、お母様。とても美味しいです。でも不思議ですね。確かに甘くて美味しいですけど、このアイスクリームには砂糖の味があまりしません。それなのに、レモンの酸っぱい感じが砂糖の甘さで抑えられています。何故でしょう?」
その謎が分からずレイナが首を傾げていると、離れた席からクレメンテ子爵の奇声が聞こえてきた。
「ビヒャー、これは塩が入っているです‼ 砂糖と真逆の塩を使って、砂糖の甘味を引き出している⁉︎ 新・発・見‼」
チョットうるさい。だけどお菓子に塩?
レイナ王女が目を見開いて、アイスクリームをじっと見下ろす。
言われてみれば、このアイスクリームには僅かに塩の味がしている。
だけど、お菓子に塩を入れるなんて面白い発想だと思った。
レイナ王女が残っていたアイスクリームを食べる。
甘さ控えめのアイスクリームは、冷たくて、甘酸っぱくて、とても美味しかった。
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