第413話 前菜三品目

 前菜二品目を食べ終えると、今の料理について大いに話が盛り上がった。

 気難しいバシュー公爵も今の料理を気に入ったのか、「あの小僧にしては、なかなかやるわい」と珍しく褒めていた。


 バシュー公爵とは逆に、エルネスト料理長は、無言で食べ終えた皿をじっと見つめて、今の料理について考えていた。

 食材は分かっている。ウニ、キャビア、パプリカ、この三種類。

 それなのに何故、あれだけ複雑な味を出せて、それが全て調和しているのかが理解できなかった。

 エルネスト料理長が悩んでいると、隣の席のクレメンテ子爵が彼に声を掛けてきた。

 なお、彼は最初の一口目は無言だったが、二口目からは奇声を上げながら食べており、エルネスト料理長は「うるせえ、静かに食べろ」と思っていた。


「前にこの料理を作った少年と会話をした事があるんだが、その時、料理に必要なのは酸味だと言っておったぞ」

「……酸味?」

「うむ。辛味と甘み、それを融合させるのが酸味らしい。まさに三位一体だな!」


 ギャグはつまらない。だが、そのヒントを聞いたエルネスト料理長は、皿の上で僅かに残っているオレンジ色のパプリカソースに目を向ける。

 確かにこのソースには僅かな酸味が含まれていた。だが、たったそれだけで味が纏まるのか?

 ……今までの宮廷料理は、作った自分でも不味いのは分かっていた。

 受け継がれてきた伝統。自分にはそれを壊す勇気がなく、他人から何を言われようが、ただ教わった通りに作り続けてきた。

 だが、この料理を食べて宮廷料理とは何かを知る。そして、伝統を守り続けるのが無意味だと思い始めた。

 エルネスト料理長は、伝統と革新の狭間で葛藤していた。




 皿が片付けられて、三品目が食卓に並んだ。


「前菜三品目は、ホタテとタケノコのライスでございます」


 ルディが用意した前菜三品目は、先ほどとガラリと変わって、フレンチ風の日本料理だった。

 タケノコはこの惑星でも存在していた。ただし、取れるのは別の大陸と間の森の僅かな場所だけ。

 ルディはタケノコが好物だったので、去年の内から魔の森で取れる場所を見つけていた。

 そして、春になったこの時期に収穫して、あく抜きまでの処理を終えたタケノコを持ってきた。


 ホタテは市場で買った貝柱。

 具は一晩水で戻したホタテの貝柱と、タケノコ。

 ホタテの戻し汁に日本酒と醤油を入れて、ご飯を炊いた。


 飾りつけは皿の上に殺菌消毒した笹を載せ、その上に茶碗半分ほどのタケノコご飯を盛り付けた後、タケノコの穂先をご飯の脇に立掛けた。




「まあ、なんて良い匂いなのかしら」


 レイナ王女が料理の匂いを嗅いで、うっとりとする。


「料理全体から漂ってくるな。一体、どうやったらこのような料理が作れるんだ?」


 レイナ王女の正面に座るエスタバン王子も、料理の匂いを嗅いで首を傾げていた。


「それでレインズ、味は……聞くまでもないな」


 クリス国王が話し掛けるが、既にレインズの皿が空になっているのを見て、聞くまでもないと口を閉じた。


「これだけでは足りません。後、十回はお替わりできます」


 レインズの返答にクリス国王は苦笑いをして、自分でも食べてみた。


「……む? これは?」


 料理を口に入れると、ホタテの味が口に広がった。

 噛めばタケノコの柔らかくコリッとした食感がある。だが、その食感は食べるのを邪魔しておらず、むしろ米と一緒に噛むと、歯で砕いたタケノコがご飯に交じって食感が良くなった。

 添えてあるタケノコの穂先を食べると、こちらはホタテの味は付いておらず、しょっぱい感じがする。

 だが、甘いご飯の口直しとしては、丁度良い塩加減だった。

 この料理は噛めば噛むほど味が出る。そして、食べているのに食欲が増してくる。


「なるほど。確かにお前の言う通り、お替わりが欲しくなる」

「私も同意見ですね。あっという間に食べてしましました」


 クリス国王がレインズに話し掛けると、エスタバン王子が苦笑いして肩を竦めた。

 彼の皿を見れば、米粒一つ残さず平らげていた。


「ほほほっ、でも分かるわ。女性の私でも少し物足りない感じですもの。成長中の男の子だったら、食べ足りないでしょうね」


 アマンダ王妃が口元を押さえて笑い、彼女の笑い声にクリス国王とレイナ王女も釣られて笑みを浮かべた。


 前菜三品目の量が足りないと思っていたのは、国王の家族だけではなく、全員が思うところだった。

 だが、これが次の料理の為の布石だったとは、全員気付いていなかった。




「お待たせしました。本日のスープは、牛足のスープでございます」


 ソラリスがメニューを言うと、国王の家族と招待客の貴族の間で緊張が走った。

 ルディが市場へ行き、ゴミの山から貧乏人でも食べない牛足を持ってきたという。

 その噂は全員の耳にも入っており、一体どんなゲテモノ料理を食べさせられるのか、晩餐会が始まる前から不安だった。


 全員の視線が集まる中、ソラリスがワゴンに載せた鍋の蓋を開ける。

 すると、食欲をそそる強烈な匂いが、食堂を包み込んだ。


「これが牛の足の香りだと?」

「匂いは強いが、臭くないな……」

「不思議だ。結構食べたのに腹が減ってきた」


 最初はスープの匂いに、多くの者が顔をしかめていた。

 彼らが顔をしかめたのにも理由がある。

 この時代の衣服は手作業で制作するため高級品。強い匂いは衣服に染みつくので、嫌われる傾向があった。

 それ故、宮廷料理では強い匂いのする料理はタブーとされていた。


 だが、そんな彼らも次第に匂いにそそられて、前菜を三品平らげているにも拘わらず、空腹感がこみあげてきた。


 グキュルルルル!


 誰かの腹の虫が鳴り、音の鳴った方へ視線を向けると、レイナ王女が恥ずかし気に顔を赤くして俯いていた。


「申し訳ありません。あまりにも美味しそうな匂いだったので、つい……」


 レイナ王女が小声で謝罪する。

 それが微笑ましく、全員が愛おしそうに笑みを浮かべた。


 だが、腹を鳴らしたのは彼女だけではなかった。

 壁際で控えていた多くの近衛兵。彼らは食事する様子を我慢して見ていたが、スープの匂いに耐え切れず、至る所で腹の虫が鳴っていた。

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