第412話 前菜二品
一品目の前菜が食卓に並べられると、スパークリングワインの話題で盛り上がっていたのが一変、部屋の中が静まり返った。
「前菜の一品目は、季節野菜のテリーヌでございます」
ソラリスが料理名を告げる。だが、全員、彼女の話を聞いておらず、目の前の料理をシーっと見下ろしたまま口を閉ざしていた。
予想通りの反応に、レインズとルイジアナが頭を抱え、ナオミは必死に笑いを堪えていた。
ナオミもレインズもルイジアナも、こうなる事は事前に分かっていた。
まず、ルディの料理は器から違う。この惑星では存在していない真っ白な陶磁器は、銀の皿よりも料理の見た目を冴えさせた。
まるで白いキャンパスに、絵を描くかの様に料理が盛られる。それは、陶磁器を見た事のない者からしてみれば、もの凄い衝撃だった。
なお、ルディの用意した器は陶磁器ではなく、それに似せたセラミック食器。残念ながら宇宙に居た頃のルディの財産では、古美術品を買える余裕などなかった。
「これは実に素晴らしい!」
クリス国王が陶磁器を見て称賛する。
「ええ、本当に綺麗な器ね。ソラリスとやら、これはどこで手に入れられるのかしら?」
「遺跡からの発見物でございます」
アマンダ王妃の質問にソラリスが嘘を吐く。
ナイキの積み荷には、これと似たような食器が幾つかある。だが、ルディは相手が王族であろうが、全ての要求に答えるつもりはなかった。
もし、アマンダ王妃が命令して、肩書上では平民のルディから食器を奪えば、王族の評価が下がるし、クリス国王も許さない。
ソラリスの返答に、アマンダ王妃は残念そうにため息を吐いた。
「しかし、器もさることながら料理も実に美しいですな」
「そうじゃのう。どんな味がするのか、老骨ながら胸がときめくわい」
ここで初めて、ペニート宰相とメラス法務大臣が、ルディの料理に触れた。
陶磁器の皿に話題を奪われていたが、盛りつけられたテリーヌも美しい緑の色彩だった。
透き通ったテリーヌは照明の明かりに光り輝き、中にはグリーンアスパラ、ズッキーニ、インゲンマメが所狭しと綺麗に並ぶ。
白い皿との色彩もよく、緑と白の野菜が若々しく見えた。
野菜を包むテリーヌの食材は、市場で購入した天草。
アカアマダイのあらと昆布で出汁を取り、日本酒とみりんで味を調える。さらに天草で寒天を作り、出汁と混ぜ合わせた。
野菜は全部塩ゆでにして、一種類づつ寒天と一緒に四角い容器に入れる。
魔法で冷たくして寒天が固まり始めたら、別の野菜と寒天を上に重ねて、それを繰り返す。
全てが固まり容器から出して縦に切れば、野菜が色鮮やかな煮こごりテリーヌが完成した。
「問題は味ですな」
「その通り。見た目が良くても味が粗末なら意味がない」
クレメンテ子爵がエルネスト料理長に話し掛けると、彼もその通りだと頷いた。
普段は宮廷の料理について対立している二人だが、今日は料理の評論家という立場から、対等な関係でルディの料理を評価しようとしていた。
「ごちゃごちゃ言わずに早く食べろよ。美味いぞ」
そんな二人に向かって、すでにテリーヌを食べているナオミがツッコミを入れる。
その隣では、野菜が大好きなルイジアナがテリーヌを食べて、幸せそうな顔をしていた。
「う、うむ」
「そうだな」
奈落の魔女から煽られて、二人もテリーヌを食べる。
口に入れた瞬間、ゼラチンのプルンとした歯応えがしたと思いきや、茹でた野菜の食感がきた。
魚と昆布の出汁、それに合わさる野菜の旨味と塩加減。
調律の取れた味にクレメンテ子爵は顔を喜ばせ、エルネスト料理長はテリーヌを凝視して唸った。
「これは実に美味、まっこと美味ですな!」
「……まあ、味は悪くない」
興奮するクレメンテ子爵にエルネスト料理長は応えたが、内心では焼き固めない透明なテリーヌの作り方を知りたかったし、味も良いと思っていた。
だが、己のプライドが邪魔をして、素直に称賛したくない。それに気付かず、隣のクレメンテ子爵は「うひょー」とか、「ぴぎゃー」と奇声を上げながら夢中でテリーヌを食べていた。
最初は陶磁器の美しさに話題を奪われたが、野菜のテリーヌは全員からも好評で、特に魚の旨味を凝縮した煮こごりは高評価を得ていた。
「おおーー!」
「まあ!」
一品目の皿が下げられて、二品目が食卓に並べられると、多くの客から称賛の声があがった。
「前菜二品目は、ウニのパプリカソース和えでございます」
ルディが用意した前菜二品目は、ウニのフレンチ料理だった。
ソースはパプリカを使用。このパプリカソースは、どんな料理にも合う万能ソースでもあった。
まず、パプリカをグリルで焦げ目が付くまで焼きあげて、水で焦げ目と一緒に皮を洗い落とす。
種を取り除いてから、塩、オリーブオイル、バルサミコ酢、胡椒を混ぜて、ペースト状になるまで潰してソースの完成。
盛り付けは皿の中央に少しだけソースかけて、隠し味に甘口の醤油を少しだけ垂らしたウニを箸で優しく載せた。
ウニの上にもキャビアを載せて、皿の端には緑の葉を置き色彩を華やかにする。
料理を囲む白い皿は、オレンジ色の料理に気品を生ませて、器と料理が融合した高級感溢れる一品が完成した。
「これは見た目も美しいが、なによりも美味そうだな」
誰よりも先にナオミが料理を口にする。
すると、急に真顔になって料理を凝視したまま動かなくなった。
「ナオミ、どうかしましたか?」
ナオミの様子を見守っていた全員が首を傾げ、隣の席のルイジアナが声を掛けた。
「……食べれば分かる」
それだけ言って、ナオミがもう一度料理を口の中に入れる。
そして、口を動かしながら瞼を閉じてじっくり味を堪能すると、スパークリングワインを一気に飲み干した。
ナオミの様子を訝しみながら、他の皆もウニにソースをつけて口の中に入れた。
その瞬間、口の中に磯の香りがぶわっと広がり、パプリカの甘さと酸味、後からほのかなオリーブオイルの香りが磯の香りと交じり合い、ウニが溶けるように消えた。
全員、複雑極まりない味を理解するのに、時間が必要だった。
料理の味を考えながら、無意識にスパークリングワインに手が伸びる。
ワインの炭酸で口の中を爽やかにして、この料理は酒に合わせた料理だと全員が理解した。
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