第411話 スパークリングワイン

 扉が開き、料理用のワゴンを運んだソラリスと、数人の給仕係が食堂に入ってきた。


「お待たせしました。今回の食前酒はこちらで用意させて頂きました」


 ソラリスがワゴンに載せていたシャンパンクーラーから、一本の瓶を取り出した。


「今回ご用意したのは、ロゼのスパークリングワインでございます」


 それを聞いて、多くのワインを産出する領地を持つバシュー公爵が片方の眉を吊り上げ、ソラリスの持つワイン瓶を凝視した。

 

 ロゼワインは赤ワイン用の黒ブドウを潰した後に、茎や皮、種を取り除く工程がある。それ故、赤ワインよりも高級だった。

 だが、それぐらいならバシュー公爵も知っているし、訝しんだりしない。

 彼が気になったのは、その後に続くスパークリングワインという単語と、彼女が持っているワイン瓶だった。


 何故、バシュー公爵が気になったのか。それには理由がある。

 この惑星では地球と異なり、まだガラス製造の技術が未発達だった。

 一応、ガラスの製造技術は存在している。だが、材料の珪砂に不純物が多く混じって、作られるガラス瓶は脆かった。

 基本的にワインを売るときは樽で売られ、ワイン瓶に入れて保存するという概念自体、まだ存在していなかった。


 そして、スパークリングワインはブドウ原液を発酵途中で瓶に入れ、瓶の中で発酵させて作るワイン。当然、ワイン瓶がなければスパークリングワインは作れない。

 以上の理由から、ワインに詳しいバシュー公爵も、スパークリングワインは飲んだことがなかった。


「私はお酒が弱いので、違う物を用意できませんか?」


 レイナ王女が手を挙げて要求する。


「畏まりました。では、ブドウジュースに炭酸水を混ぜた飲み物をお出しします」


 それを聞いてレイナ王女が、安心した様子で微笑む。

 ルディは参加者に未成年が居ると聞いて、念のためにノンアルコールの飲み物も用意していた。




 ソラリスがシャンパンの瓶口の封を解き、楽々とコルクを開ける。

 ポン! と音が鳴って、壁際で控えていた近衛兵が一瞬動く。

 すぐにワインを開けた音だと分かると、何事もなかったかの様に元の姿勢に戻った。

 ソラリスがシャンパンを家から持ってきたシャンパングラスに注ぎ、それを給仕係が震える手で全員に配った。


「まあ、なんて美しいのかしら……」


 シャンパングラスを持ち上げて、思わずアマンダ王妃が呟く。

 それは彼女だけでなく、全員が同じ感想を抱き、シャンパングラスを持ち上げてジッと見つめていた。


 今まで彼女たちが知っている高級なグラスと言えば、銀製品が定番だった。当然、銀のグラスでは中は見えない。

 だが今回、ルディが持ってきたシャンパングラスは透明なガラスで、薄いバラ色のロゼワインはグラスの中で美しく映えた。

 全員、シャンパングラスに魅了されて、今まで使っていた宝石で装飾された銀のグラスよりも価値があると思った。




 本来ならば主催者が毒見を兼ねて最初に飲むのが普通だが、今回はルディが持ち込んだワイン。

 今回は毒見役として、レインズ、ナオミ、ルイジアナが最初にワインを口にした。


「…………」

「美味しいです」

「お替わり!」


 レインズは無言、ルイジアナは語彙力なし、ナオミに至っては一気に飲み干してお替わりを要求する。

 表情には出さないが心の中では早く飲みたいバシュー公爵は、全く味が伝わらない3人の様子にキレそうになった。


「レインズ、味はどうだ?」


 クリス国王から質問されて、無言だったレインズが目をしばたたかせて正気に戻った。


「……初めて飲む酒に驚いていました。味は確かにワインなのですが……全くの別物と思った方が良いかもしれません」

「それは楽しみだ。私たちも飲むとしよう」


 クリス国王の声に、待ちきれなかった全員がワインを口にした。

 味は甘口。味は穏やかで、フルーティーな味わいがある。赤ワインと比べるとワイン自体の味が薄く感じるので、人によって好みは分かれた。


 だが、問題はそこじゃない。口に含めばフレッシュな味を感じ、飲めば冷たさが喉を刺激して、後からアルコールが胃を熱くする。

 これは赤ワインの濃厚な味では合わない。冷たいロゼワインだからこそ、クリアな透明感と弾ける刺激が生まれるのだと理解した。


「皆どうしたのかしら?」


 飲んだ全員、初めて飲んだスパークリングワインに感動して、先ほどのレインズと同じく動かなくなった。

 その様子に、一人だけ炭酸ジュースを飲んでいたレイナ王女が首を傾げる。


 やがて全員が正気に戻り、スパークリングワインを絶賛し始めた。

 そんな中、バシュー公爵が手を挙げてソラリスに話し掛けてきた。


「ソラリス。このワインの作り方が知りたい」

「その事について、ルディからバシュー公爵様への言付けがございます」

「……言ってみろ」

「日本酒に重税を掛けないと約束したら、教えてあげてもいーですよ……以上でございます」


 それを聞いたバシュー公爵が露骨に顔を歪めた。

 ルディの誘いに乗れば、自分の領地でスパークリングワインが作れる。だが、来年から市場に登場する日本酒には重税を掛けて、ワイン市場を守りたい。

 ルディが食前酒にスパークリングワインを用意したのは、日本酒の為。

 その策略に気づいたバシュー公爵は、憎々し気にソラリスを睨んだ。

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