第409話 ハルの漁業
宇宙管理AIに漁をしろという命令は、データベースのどこを探しても前例がない。
『マスター。私は宇宙船の管理AIですが?』
ハルは自分の仕事ではないと、遠回しに抗議する。
『その宇宙船が彷徨ってるですけどな』
『それは故意ではありません』
『そのぐらい分かってる。言いたいのは、俺が唯一の乗務員で、現在魚がなくて困っているという状況だ』
宇宙船管理AIが搭載しているアプリケーションには、乗務員の支援という項目がある。
それは別に宇宙上だけでなく、地上に降りた乗務員の支援も含まれていた。
『……了解しました。輸送機にドローンを載せて海に向かいます』
ハルは漁の仕方を調べて、ドローンを使えば何とかなると判断してからルディに答えた。
『アカアマダイを18匹がノルマだ。それと、たった今、面白い料理を思い付いたから、ウニもあったらさらに良し』
『……分かりました』
『よろしく!』
ルディはハルに無茶な命令を押し付けると、下拵えの作業に取り掛かった。
ルディはリンとソラリスが汲んだ水の入った桶の前に立つと、桶の両端を掴んで魔法を詠唱する。
すると、桶の水が次第に凍り始めて、一分もしない内に全て凍り付いた。
「……な!? 魔法で氷を作った‼」
先ほどルディを氷室に案内した料理人見習いが、ルディの作った氷を見て驚いた。
彼が驚いたのは、ルーン教の教えから、魔法は神が授けた神聖な物という認識だった。それ故、料理なんかに使うのは、罰当たりという考えがあったから。
「ソラリス、出来たですよ」
「ありがとうございます」
ソラリスが氷の入った桶を受け取る。そして、右の拳を持ち上げると、桶の氷に向かって振り下ろした。
その衝撃で桶の中の氷が砕け散った。だが、桶も同時に砕けた。
「……力加減を誤りました」
「次から気を付けろです」
ルディが呆れてソラリスに注意する。
「…………」
その様子を見ていた料理人見習いが、口をあんぐりと開けたまま、ソラリスを凝視する。
彼は先ほどのルディの魔法にも驚いたが、ソラリスの女性とは思えないバカ力を見せられて、もっと驚いていた。
リンは厨房の外で、仕入れた牛足の血抜きを行っていた。
ルディが購入した時、牛足は皮が剥がされて血抜きもされていた。それでもまだ肉の中に血が残っている。臭みを取るためには、まず完全に血抜きをする必要があった。
リンが水の張った桶に牛足を入れると、直ぐに桶の水が赤く染まった。
水を捨てて、新たに水を汲んで牛足を浸す。
それを何度か繰り返していると、次第に牛足から流れる血の量が減ってきた。
「ルディ、氷はできましたか?」
料理人見習いが居るので、リンが名前でルディに尋ねる。
「丁度今作ったです」
「じゃあ、牛足を漬けますね」
氷を受け取って、桶の水に氷を入れて冷水にした。
「今のところ今日の仕込みは終わりです。だけど、牛足の水は6時間置きに換えろです」
「分かりました」
「はーい」
ソラリスとリンが返事をする。
仕込みが終わったと聞いて、料理人見習いがルディに話し掛けてきた。
「なあ、本当に牛の足を料理に出すのか?」
「もちろんです」
「…………」
スラムの人間でも食べない食材を国王に出す。
料理人見習いは信じられないといった様子で、頭を左右に振った。
ルディたちが仕込みを終えて休んでいる頃。
遠く離れた海岸沖では、ハルが遠隔操縦している輸送機が、海の上で待機していた。
『アカアマダイ……背部が赤く、全体的に赤みがかる。側へんして細長い。背鰭前、頭部の正中線は黒い。眼後下縁に銀白色の三角形の斑紋がある。サーチ開始…………発見』
ハルはアカアマダイを見つけると、水中銃を装備したドローンでアカアマダイを仕留めた。
『……ウニを発見……特徴からガンガゼに類似。苦み成分が多いことから食用として適さないと判断、対象除外。……別種類のウニを発見……特徴からアカウニと類似。食用としては最高級』
ハルがアカウニの確保にドローンを向かわせる。
そして、アカアマダイとアカウニを一つづつ確保すると、毒成分がないことを確認してから目標数まで狩漁を行った。
この日、見張り番以外が寝静まった深夜。王城に空から侵入者が現れた。
王城にはマナを検知して侵入者を知らせる魔道具が備わっているが、侵入者が近くを通っても魔道具は何も反応せず、侵入者はそのまま王城の中へと侵入する。
侵入者の正体。それは、ハルが派遣したドローン。
ドローンは二体掛かりで大きなクーラーボックスを掴み、誰にも見つかる事なく王城の第二厨房まで侵入に成功した。
そして、部屋の隅にクーラーボックスを降ろすと、静かに王城から空へ飛び立った。
翌日。ルディが厨房に入ると、真っ先に届いたクーラーボックスを開けて歓声を上げた。
「さすがハルです。活け締めも完璧ですよ。それに、このウニ! まさかアカウニを取って来るとは思っていなかったです」
『燃料費を考えると、最高級のレストランでしか出せない値段になります』
「王宮料理だから問題ねーです」
ルディはそう答えると、アカアマダイの尻尾を掴んでまな板の上に載せた。
ルディはまな板に載せたアカアマダイに包丁を入れると、三枚におろした。あばら骨を取り、中骨を骨抜きで抜く。今回は皮を残したまま腹と背中で半分にした。
そのルディの包丁捌きに、監視している料理人見習いは見惚れてじっと様子を見る。
「良い腕をしていますね」
敵とはいえ、料理の腕が確かなら見て盗む。そして、盗むからには相手に敬意を払う。
昨日までの態度とは一変、料理人見習いは言葉遣いを改めて、ルディに話し掛けてきた。
「長い事やっているです」
「若いのに大したものだ」
ルディの実年齢は82歳。
毎日料理はしていないが、それなりの実績は積んでいた。
ルディの横ではソラリスが、バットに日本酒と酢を少々加えた水を入れて昆布を戻し始める。昆布は少し柔らかくなったところでさっと掬い上げ、完全に戻さないようにしていた。
そして、ルディが捌いた魚に塩を振り、戻した昆布を重ねる。
なお、今回は高級感を出すために、魚と昆布の間に特別な食材を挟んだ。
最後に笹の葉で包み空気が入らないようにして、クーラーボックスの中へと入れた。
後は24時間以上寝かせれば、アマダイの昆布締めの完成。
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