第408話 誰も食べないゴミの足

 ルディは乾物屋を出ると、次に薬草売りの店に寄り、にんにくと生姜を購入。

 この二つも薬草と思われており、昨日食べた料理には使っておらず、ルディの採点が低かった理由でもあった。

 最後に肉屋に立ち寄ると、店員に声を掛けた。


「おっちゃん。牛が欲しいです」

「今日絞めたのは全部売り切れだ」

「マジですか?」


 それを聞いてルディがガックリする。


「鳥と豚はまだあるぞ」

「……うーん」


 ルディがどうするか悩みながら店内を見回すと、ゴミの山に捨ててあった牛の蹄が見えた。


「おっちゃん、アレが欲しいです!」


 ルディが指をさした物を見て、店の親父が目をしばたたかせた。


「……アレって、もしかして牛の足か?」

「そう、牛足です!」


 この世界では、牛はそれほど人気な食べ物ではない。

 何故なら、牛は食料と言うよりも労働力であり、人間にできない力仕事をさせていた。

 それ故、市場に出るのは働けなくなった老いた牛がほとんどで、その肉は固く、貴族よりも平民向けの肉だった。

 ましてや、牛の足の肉。焼いて食べようにも臭くて固く、どんな貧しい平民でも食べたいとは思わぬ食材だった。


「牛の足、いくらですか?」

「こんなもの別に金なんていらねえし、ゴミの処理代が浮くから、むしろ持ってけ」

「ラッキーです!」


 ルディは店の親父に礼を言うと、4本の牛の足をホクホク顔で持ち帰った。


 買い物を済ませて、預けた荷物を取りに白鷺亭に戻ると、店主がソラリスの背負う牛足を見てギョッと目を見開いた。


「……な、なあ。もしかして、その足をお貴族様に出すつもりか?」


 恐る恐る質問してきた店主に、ルディは勿論と頷く。


「下処理に時間掛かるですけど、ビックリ美味しいです」

「信じられないが、美味しいなら今度教えてくれ」

「店長だったらもっと美味しく作れそうだから、良いですよ」


 ルディは食に関して努力家の店長を気に入っており、彼のお願いを喜んで頷いた。




 ルディたちが王城の厨房に入った途端、中に居たコックが全員睨んできた。

 ルディはまだ知らなかったが、昨日の晩餐会でルディが料理長に喧嘩を売った件は、尾ひれがついて王城内で広まっており、彼らはルディを外敵とみていた。


「マスター潰しますか?」


 コックの敵意を感じたリンがルディに囁く。


「先に手を出した方が負けです。でも、もし嫌がらせで毒を入れてきたら……腕を潰せです」


 料理人が料理に毒を入れる行為は、全ての料理人の信用を失う行為に等しい。

 もし、そのような事が起こったら、ルディは料理人にとって命の次に大切な腕をへし折っても構わないと命令した。


「さて、適当に空いている場所で仕込み、するですよ」


 ルディが適当な場所に荷物を置こうとしたら、料理人の一人が近づいて話し掛けてきた。


「おい!」

「なーに?」

「ここは邪魔になるから使うな」

「じゃあ何処に行けば良いですか?」

「奥に第二厨房がある。そこを使わせろと料理長が言ってた」

「んーー。分かったです」


 ルディも料理中に邪魔されたら腹が立つ。仕事の邪魔するのは悪いだろうと素直に頷いた。

 第二厨房は先ほどの厨房と比べて少し狭かったが、調理器具は綺麗に整えられており、ルディたち三人が作業するには十分な広さだった。


「酷い場所だったら陛下にチクってやろうと思っていたですが、普通でした」


 少し残念そうにルディが呟く。


「では水を汲んできます」

「多量にヨロシコです」


 担いでいた荷物を降ろしてソラリスとリンが水を汲みに行く。

 その間にルディは王城の食料庫へ向かい、料理に使う食材を探しに行った。




 王城の地下には食料庫の氷室があり、冬の間に運び入れた氷で中は17度の温度を保って冷えていた。


「なかなか良い環境です」


 冷蔵庫のない時代、食料の保存は重要な課題。

 さすが王様の暮らしている城だとルディは感心していた。


「アスパラ、ズッキーニ、いんげん豆も使いたいです。フォアグラ、キャビアは高級感を出すのに良いですね……えっと、魚は何処にあるですか?」


 ルディはいくつかの食材を見つけると、案内兼見張り役の料理人見習に魚の場所を尋ねた。


「魚はあっちだ」


 料理人見習いに付いて行き奥の生け簀に案内されたルディは、水槽で泳ぐ魚を見て首を傾げた。

 

「魚の数、少ねーです」


 今朝、ルディは晩餐会に参加する人数を聞いていた。

 クリス国王夫妻と子供が二人。ペニート宰相夫妻。バシュー財務大臣とメラス法務大臣、セシリオ軍務大臣夫妻。

 それに、料理長とレインズ、ナオミ、ルイジアナを加えた合計14人。

 だが、生け簀に泳いでいる魚は5匹しか居らず、それも別々の種類の魚だった。


「晩餐会が急に決まったから、仕入れが間に合わなかったんだ。これで何とかしてくれ」


 料理人見習いの言い分に、ルディもなるほどと頷く。

 車のない社会、物流の輸送は時間が掛かる。王都から海までは馬車で三日の距離があり、鮮度が重要な魚介類の輸送が間に合わないのは当然だった。


「仕方がねーですね。魚は何とかこっちで手配するから、コイツ等は要らぬです」


 ルディの返答に、料理人見習いが胸を撫でおろす。

 国王の命令とはいえ、魚は鮮度を保つために予定を組んで仕入れている。もし、ルディが全部使うと言ったら、国王家族に出す魚料理が出せずに困っていた。


 ルディは厨房に戻ると、無線通信でハルに連絡を入れた。


『魚取って来い』

『……は?』


 突然ルディから漁師をヤレと言われて、ハルが困惑した。

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