第407話 レア食材を求めて

「失礼します」


 王城の料理長が部屋に入ってくると、先ほどまでルディの面白い評価を聞いて笑っていたクリス国王夫妻が、「やばっ!」という表情を浮かべて彼から目を逸らした。

 料理長の名前はエルネスト・モンロイ準男爵。年齢は58歳。痩せた体に白いコックコートに前掛けを着けて、目付きが鋭く、雰囲気から頑固な料理人という印象があった。


「私の作った料理に面白い事を言う客人が居ると聞いて、挨拶に来ました」


 給仕係の誰かから聞いたのか、料理人はそう言うと鋭い眼光でルディを睨んだ。

 彼が怒るのも当然と言えば当然。ただの子供が雇い主の目の前で自分の料理を批判したら、世間の評判が下がるし、評判が下がれば解雇されるかもしれない。

 王城に務めて40年。それは国で一番の腕前を自負する彼にとって、許せない事だった。


「別に面白い事なんて何一つ言ってねーですよ」

「……ほう? 私が聞いたところ、今日の料理はお気に召されなかったと聞いていますが?」


 ルディの答えに料理長が言い返す。

 一応、国王居る前なので静かに話しているが、彼の目を見ればキレる寸前なのが、誰の目から見ても分かった。


「料理自体は悪くねーです。そーですね、点数をつけるなら50点から70点ぐらいですか? ただし、宮廷コース料理として全体を採点するなら20点です」


 その点数を聞いた料理長が、持っていたコック帽を握りつぶした。


「……では客人。客人なら私よりも美味しい料理を作れるとでも言うのですか?」

「とーぜんに決まってるです。作れずに批判するだけの馬鹿と一緒にしないで欲しーですね」


 ルディも謝ればいいのに、料理の事になると頑固な性格が表に出て反論する。


「それは良い事を聞きました。是非、客人の料理を食べてみたいですな」


 料理長が馬鹿にした様子で言うと、ルディもムッとして彼を睨み返す。

 二人が睨み合っていると、突然アマンダ王妃が口を開いた。


「それは面白いわ。私もルディの料理が食べたいと思っていました」

「なるほど。それは確かに面白い。どうだルディ、次の話し合いまで三日ある。その間にお主の考える宮廷料理を作ってみないか?」


 アマンダ王妃の考えにクリス国王も同意して、ルディの料理を食べたいと所望した。


「別に構わねーです」


 一方的に批判した事もありルディも嫌とは言えず、結局二日後に何人かの食通を集めての晩餐会を開く事になった。




「ルディ君、どうするんだ?」


 レインズは部屋に戻った後、ルディを呼びだして、先ほどの件を問い詰めた。


「どうするもこうするもねーですよ。作ると言ったからには当然作るです」

「しかし……」

「レインズさんも僕の料理の腕は知ってるはずですよね。何が問題なんですか?」

「料理の腕なら当然知っているさ。ここだけの話、さっき食べた料理よりもルディ君の作った料理の方が美味かったからな。だが、晩餐会で出すのはコース料理だぞ」


 レインズが心配している理由が何か分かったルディは、レインズに向かって微笑んだ。


「大丈夫です!ドーンと僕に任せやがれです」


 ルディはレインズの部屋を出た後、自分に割り当てられた部屋に入るや、直ぐにソラリスと連絡を繋げた。


「ソラリス、これから言う荷物を持って、今すぐ王都に来い」

『……マスターの活動ログを確認しました。一体何をやっているのですか?』


 リアルの戦争が終わったと思いきや、次は料理勝負を挑むルディに、ソラリスは彼の行動原理が理解出来ず質問をした。


「なりゆき? 人間の行動なんてそんなもんです」

『計画性がないですね』

「それが人間というものです」


 ルディはそう言うと、晩餐会で使う調理器具や食料などを彼女に伝えた。


『了解しました。ナオミは連れてきますか?』

「ハル、ししょーの容態はどーですか?」

『健康状態まで回復しました。現在は家で暇だと呟いています』

「たぶん、僕の料理が喰えなかったの後で知ったら、ししょーがキレるです。だから晩餐会の当日に連れてきやがれです」

『イエス、マスター』


 ルディはソラリスとハルの通信を切ると、レインズにソラリスの入城許可をお願いしてから眠りに就いた。




 翌朝。ソラリスが輸送機に乗って王都に到着する。

 彼女とは別に、アルセニオたちを運んだ、アンドロイドのリンがカッサンドルフから応援に駆け付けた。

 王都の城下町で二人と合流したルディは、荷物を一旦王都で宿泊先にしている白鷺亭に預けると、市場へ買い物に出かけた。


「マスター。王城でも食材は手に入るのでは?」

「もちろん、陛下から自由に使って良いと許可は得てるです。でも、それ以外に貴族がぜってー食わない食料をメニューに加えたい、思っているのです」


 そう言って、まずルディが最初に立ち寄ったのは、王都でも珍しい海産物を扱っている店だった。


「昆布を寄越せです」


 ルディが入って早々、店員の老婆に声を掛けた。


「おや? 久しぶりだね、昆布坊や。幾つ欲しいんだい?」

「あるだけ全部寄越しやがれです。それとホタテの貝柱も買ってやろうです」

「ヒャヒャヒャ。相変わらずイキな買い物をするねぇ。少し待ってな」

「はーい」


 ルディが待っている間に店内を見回す。

 すると、白い海藻のような物を見つけた。


「婆さん。もしかして、この海藻みたいなのって天草ですか?」

「物知りだねぇ。普段は地元の漁師ぐらいしか食べないけど、たまたま入って来たのさ。買って行くかい?」


 それなら貴族も食べた事はないだろう。

 ルディはそう考えると、寒天の材料の天草を購入する事にした。


「欲しいです」

「はいはい。毎度あり」


 天草を購入してからさらに店内を見回すと、今度は魚卵の様な物を見つけた。


「ば、婆さん! あ、あれはもしかしてもしかして? カラスミではねーですか?」

「ほうほう、よく見つけたね。そうだよ。アレも滅多に入ってこない貴重品だよ」

「モチのロンです! あれも全部寄越しやがれです!」

「ウヒヒ、まいどあり」


 こうしてルディは高級品のカラスミも購入した。

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