第406話 辛辣な料理評論家ルディ

「何故、がっかりするのですか?」

「一言で言うと、温いからです」

「温い?」


 ルディの言っている意味が分からず、アマンダ王妃が聞き返した。


「カクテルというのは、キンキンに冷たくするか、常温より少し冷やして飲むお酒です。だから、僕やししょーみたいに魔法に長けている人間が側に居ねーと、上手く作れねーです」


 ルディはそう言うと、テーブルの上に飾られているバラの花を一本取る。そして、全員が見守る中、魔法を詠唱してバラの花を瞬時に凍らせて見せた。


「こんな感じに、冷凍の魔法でお酒を冷やして飲むです」


 ルディがバラの花びらを握りつぶすと、凍ったバラの花びらがパリパリとテーブルの上に散った。


「…………」


 それを見ていたクリス国王と、アマンダ王妃が目を見張る。

 二人が知っている魔法とは攻撃的で大雑把であり、ルディが今見せた繊細な魔法を見るのは初めてだった。


「テーブルの上汚して、あちゃーです」

「実に見事な魔法だ。さすがは奈落の魔女の弟子だな」


 悪びれた様子など全くない様子でルディが呟いていると、クリス国王が拍手をしてルディの魔法を褒めた。


「ししょーに比べたら、僕はまだまだです。ししょーなんて触れないで物を凍らす事できるですよ」


 ルディは何気なく答えたが、それを聞いた全員の背筋が凍る。

 それも当然、ルディが言っているのは、ナオミなら一緒に居合わすだけで殺せると言っているようなものだった。


「……さすがは奈落だな」


 クリス国王は平然を装ってナオミを褒めると、ルディが肩を竦めた。


「僕もししょーのような魔法使えるように頑張るです」


 空気を読まずにルディが決意を込めてこぶしを握る。

 その様子に全員が引いていた。




 結局、アマンダ王妃に酒を献上する話はルディの暴走でうやむやとなり、食前酒とオードブルが運ばれてきた。


「本日のオードブルは、フォアグラとアスパラのテリーヌです」


 給仕係が料理を説明する。

 四角い形に作られたフォアグラのテリーヌは、中央にアスパラが並んでいて、胡椒の粒が疎らに振られていた。

 そのテリーヌを見て、ルディが安心した表情を浮かべる。


「ルディ、どうかしたか?」

「……普通の料理です」


 クリス国王の問いかけにルディが答えると、それを聞いたクリス国王とアマンダ王妃が同時に笑った。


「はははっ。ルディもあの宮廷料理とやらを食べて辟易したか」

「あれは酷かったです」

「ルディ君!」


 ルディが本音を口ずさんで、レインズが窘める。

 国が出した物を否定する事は、国王からの下賜を否定するのと同じ事。

 封建社会ならではの仕来たりに違反していたからだった。


「よいよい。私もいい加減、あれは無駄だと思っている。だが、料理長と侍従長が言うには、あの辛い料理は昔からの伝統らしい。そう言われては、私も強く言えないんだ」

「酷でー話です」


 ルディがテリーヌを切って、一口食べる。

 フォアグラの弾力にアスパラのコリコリ感、塩加減は問題ない。

 だが、味にもう一工夫欲しいと感じた。


「ルディ、味はどうだ?」


 今回の戦争で活躍したとはいえ、ルディの身分はただの平民。

 クリス国王は、平民が本当の王宮の料理を食べた感想を聞きたくて、ルディに質問してみた。


「……フォアグラに対してアスパラの味が足りねーです。フォアグラがぬめっとしているから、アスパラの味もっと欲しいですね」

「……ほう?」


 ルディから予想外の答えが返ってきて、クリス国王とアマンダ王妃が目を見張った。

 そして、自分たちもテリーヌを口にすると、確かにルディが言っていた通り、フォアグラに対してアスパラの味が薄い気がした。


「ルディはなかなか良い舌を持っているな」

「僕、こう見えても結構、味にうるさいですよ」

「それは面白い!」


 クリス国王はルディの感想が気に入って、料理が出されるたびにルディの感想を聞くことにした。




 次に出されたコース料理は、何の変哲もないオニオンスープ。

 それを飲んだルディの感想は……。


「味は普通です。だけど、玉ねぎを煮込んだだけのスープですか? 宮廷料理としたら失格です」


 次のコース料理はポワソン。

 出されたのは、綺麗にカットされたスズキの塩焼きにキャビアが載っていた。

 それを食べたルディの感想は……。


「スズキを塩味に焼いて、しょっぱいキャビアを載せたですか? 意味分からねーです。味を添えるなら柑橘系の方が良いですよ」


 次のコース料理はヴィアンド……だが、その前にルディが一言。


「口直しが何もねーですか? 前の料理と味がごちゃまぜになったら、本当の味分からなくなるですよ?」


 ルディがそう言って、給仕係に大量のイチゴを注文する。

 そして、器ごとイチゴを凍らせると給仕係に潰してもらい、シャーベットを作らせた。


 イチゴのシャーベットを食べたアマンダ王妃は、暖かくなったこの時期に、冷たい果実を食べられて嬉しそうに微笑んだ。


「美味しいわ。それに口の中もサッパリした感じね」


 全員が口直しをしたところで出された料理は、豚肉の赤ワイン煮の上に焼いたフォアグラを載せた料理だった。

 見た目は美味そうに見える。だが、ルディからしてみれば、豚肉と牛肉は熟成していなければ、評価の対象外だった。

 そして、実際に食べたルディの感想は……。


「ワインで煮込んでるのに肉がまだ固てーです。それにまたフォアグラ? しつけーですね。それ以前に、肉の旨味が全く出てねーから不合格です」


 と酷い評価だった。


 クリス国王夫妻は面白がっていたが、レインズはルディが評価する度に、料理長が怒鳴り込んで来るかもと不安で仕方がなかった。

 そして、案の定レインズの不安は当たって、ルディが最後に出されたデセールを「砂糖と小麦粉の罰当たり」と評価したところで、料理長が怒鳴り込んできた。

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