第405話 晩餐にご招待

 王城に泊まる事になったルディは、レインズと共にクリス国王の晩餐に招かれた。

 だが、ルディは前回王城に来た時に王宮料理を食べて、贅沢だけど不味い料理を二度と食べたくないと思っていた。


「レインズさん。僕、体調が悪いという理由で不参加希望です」

「陛下の誘いだぞ、駄目に決まっているだろ」

「僕の食事事情を知ってて、それ言うですか?」

「……うぐっ」


 ルディにジト目で睨まれ、レインズがたじろぐ。

 ルディの料理の腕を知っているレインズも、彼が普段から美味しい物を食べている事ぐらい分かっている。

 だが、国王の誘いを断れば反逆の疑いが掛けられる。それは、建前上はレインズの部下という立場のルディとて同じ事だった。


「まあ、気持ちは分かる、大いに分かる。だが、安心して欲しい。陛下が食べるのは普通の味だ」


 レインズはクリス国王の側近だった頃、国王一家の食事の場にも居合わせていた事があり、彼らの食事内容を知っていた。


「……本当ですか?」

「本当だ。第一、あんな体に悪い料理を毎日食べていたら、体を壊すだろ?」

「確かにそーですね」

「あれは国の威厳を知らしめるための料理だ。あんなのと一緒にしてはいけない」

「今回は違うですか?」

「俺たちに威厳を知らしめる必要なんてないだろ? だから大丈夫だ」

「……分かったです。とりあえず信用するです」


 こうしてルディは嫌々ながら、クリス国王の晩餐に参加する事になった。




 ルディとレインズが招かれた場所は大食堂ではなく、普段クリス国王が使用するダイニングルームだった。

 内装は高価な装飾家具で囲まれており、天井にはシャンデリアがぶら下がっていて、王室ならではの贅沢な内装で飾られていた。


 価値も分からずルディが部屋を見回していると、レインズに肘で突かれて指定された席に向かう。

 ルディが席に近づくと給仕係の青年が椅子を引いたから、その椅子に座った。


「レインズさん。僕、王室向けのテーブルマナーなど知らぬ存ぜぬですよ?」

「うん。そういうのは、あまり大声で言わない方が良いぞ」

「知ったかぶりして恥を掻くより、知らねーで恥を掻いた方が心の被害が少ねーです」


 ルディの言い返しにレインズが笑い、それを聞いてしまった給仕係の青年が顔を背けて、必死に笑いを堪えていた。


 暫くして、クリス国王と妻のアマンダ王妃が部屋に現れ、レインズとルディが席を立って二人を迎えた。


「待たせたかな?」

「いえ、大丈夫です」


 クリス国王のお言葉にレインズが頭を下げる。

 そのレインズにアマンダ王妃が話し掛けてきた。


「レインズ、久しぶりですね」


 アマンダ王妃の年齢は34歳。見た目は美しく、おっとりとした顔つきをしている。

 薄い桃色のドレスは豪華だけど、ゴテゴテした飾りはしておらず、ルディは年齢から考えると若作りな服だなと失礼な事を考えていた。


「妃殿下におかれましては、ますますご清祥のこととお慶び申し上げます」


 レインズが挨拶をすると、アマンダ王妃が扇子で口元を隠して笑い出した。


「ほほほ! そんな堅苦しい挨拶はこの場で不要ですよ。それに、私たちと貴方の仲ではないですか。昔みたいに気さくに話しましょう」

「分かりました」


 レインズはクリス国王の護衛を務めていた頃、アマンダ王妃とも会話を交わしており、彼女もレインズには心を許していた。


「其方がルディですね。最近の陛下は貴方の事ばかりお話しするのよ」

「照れるです」

「ほほほ。陛下が言っていたとおり、面白い子供ね」


 ルディの言い返しが面白くてアマンダ王妃が微笑む。

 彼女はルディの見た目の美しさと、自分の子供と年齢が近いという事もあって、ルディを一目で気に入った。

 なお、今のルディは王宮仕様で、髪と目を黒に変えている。




 挨拶が済んで全員が席に着くと、給仕係が食前酒のオーダーを聞いてきた。


「僕はライムをクラッシュして、ジンで割ったカクテルが欲しーです」

「……?」


 前菜を聞いて選んだルディの注文に、給仕係が戸惑い場が静まり返る。

 レインズは頭を押さえ、クリス国王夫妻は聞いた事のないカクテルという言葉に首を傾げていた。

 その様子に、ルディも出ばなからやらかしたと気付く。


「……やや辛口のワインを下さいです」


 ルディの再注文に給仕係は戸惑いながらも頷いた。


「ルディ、今のジンで割ったカクテルとは何だ?」


 クリス国王の質問に、ルディはどう答えて良いのか悩む。

 この惑星では、まだ蒸留酒が存在していない。それ故、ルディは返答に悩んだ。


「エールを濃厚にした感じですか?」


 ルディがすっとぼけた答えを言う。

 ジンの原材料は大麦、じゃがいも、ライ麦などで、エールと同じ原材料が含まれているから、言っている事は間違ってはいない。


「……エール?」


 そんな名前のエールなど一度も聞いた事がない。

 クリス国王は疑う様な目をしてルディを見ると、その視線に耐え切れずルディが顔を背けた。


「何やら潰した果物を入れて飲むお酒に聞こえましたが……。レインズ。北の領地では、そのようなお酒があるのですか?」

「私は存じません」


 アマンダ王妃の質問に、レインズが頭を左右に振る。


「ルディ。私もそのジンとやらのカクテルなる物を所望します」


 アマンダ王妃がルディに命令する。

 封建主義の社会で国王は絶対的な存在であり、その王妃も同様。理不尽な命令に思えるが、悪い事ばかりではない。

 王族というのは常に周りから注目されており、献上した品が気に入られればそれが流行となり、献上した者に莫大な利益をもたらす。

 所謂、現在で言うインフルエンサーに近い存在だった。


「献上するの構わねーですけど、がっかりするですよ」


 アマンダ王妃の命令にルディが答えると、彼女が首を傾げた。

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