第404話 宗教と科学
クリス国王に呼ばれて法務大臣が部屋に入ってきた。
彼の名前はクリストバル・メラス伯爵。70歳を超えた白髪の老人で、眉毛で目が隠れているのが特徴的な温和そうな老人だった。
この時代の法務大臣は司法の他にも宗教儀式も担当しており、今回の話をするには彼を納得させる必要があった。
「陛下お呼びと聞いて、参上しましたぞ」
「うむ。よく来てくれた。まずは座ってくれ」
メラス法務大臣がソファーに座ると、クリス国王は咳払いを一つして、口を開いた。
「おそらく、いや、これから話すことは確実に仰天する話だ。気を付けてくれ」
クリス国王は相手が部下でも、高齢な老人がショックで死なないように事前に忠告をする。
「ふぉふぉふぉ。老人を驚かそうなど、一体どんな話が聞けるのやら」
クリス国王の忠告をメラス法務大臣が笑うが、バシュー公爵とレインズは笑っているのも今の内だと思っていた。
「では、ルディ。もう一度先ほどの話を彼に話してくれ」
「分かりましたです」
命令に従って、、ルディがルーン教の宗派を作る話を説明する。
「…………」
メラス法務大臣は全て聞き終えると、まるで死んだようにピクリとも動かなくなった。
「メラス卿、生きてるか?」
クリス国王の呼びかけに、メラス法務大臣が正気を取り戻した。
「……一瞬、死んだ妻の姿が見えましたが…か、辛うじて生きておりますぞ」
「それは良かった。今死んだら面倒な事になる。それで、今の話は実現可能か?」
「しょ、少々お待ちくだされ」
「うむ。じっくり考えてくれ」
クリス国王から時間を貰ったメラス法務大臣は、ルディと向き合うと法論を始めた。
「ルディと言ったな。いくつか聞きたい事がある」
「なーに?」
「その新しい宗派はルーンの神を否定するものではないんじゃな?」
「否定はしねーです。むしろ、崇め、称え、祈りまくれです」
「では、今のルーン教との違いはなんじゃ?」
「大きな違いは伝承の更新です」
「伝承の更新?」
意味が理解できず、メラス法務大臣が首を傾げる。
「そーです。例えば、今のルーン教は、天動説……地面が動かねーで、太陽と月がぐるぐる回っていると定義しているです」
「うむ。確かにそうじゃのう」
「もし、それが科学的に違っていると証明できたら、ルーン教の定義に反するから否定するですか?」
ルディの質問に、メラス法務大臣が少し考えてから頷いた。
「……神の教えと反するなら、否定するでしょうな」
その返答にルディが頷き、話を続ける。
「伝承は人の道徳を説いて法を作るです。だからとっても大事、それは僕も分かっているです」
「……うむ」
「でも、科学の分野は常に発見と革命の連続です。そこに伝承という凝り固まった考えは不要であり、阻害なのです」
ここまで説明して、メラス法務大臣もようやくルディの考えを理解した。
「うーむ。言っている事は理解した。だがのう……それだと神と魔法の存在も何時か科学で否定されるのではないか?」
「神様は寛大ですよ。そんな事で目くじら立てねーです」
「ふぉふぉふぉ。面白い事を言いよる」
「メラス様。ルーン教の神が人間に与えたのは、魔法だけじゃねーです」
「うむうむ、その通りじゃ。魔法だけではなく、道徳についても説いておるし、生きるための法も説いておる」
「生きるための法? 例えば、毒を食うなとかですか?」
「大雑把に言えばそれで正しい」
「メラス様。それが科学ですよ」
「……ふむ?」
またもや意味が理解できず、メラス法務大臣が首を傾げる。
「毒のある植物、動物。食べてはいけないもの、食べたら体に良い物。それを調べるのも一つの科学です」
「……なるほどのう。確かにそうかもしれん」
「人は考える葦です」
「考える葦とは?」
「人間は弱い生き物ですが、考える力があるから偉大なのです」
「ふむ、良い言葉だ」
「神に祈り伝承を守るだけ。それ、人間の考える力を否定するです」
「…………」
「神様が人に与えた最大の奇跡は、魔法でも科学でも道徳でもなく、思考力です。人は神様の示した伝承を感謝すると同時に、常に新たな発見を見つけ、思考し、確証し、伝承を更新するです」
「…………」
「思考力を与えて下さった神に感謝し、伝承を更新して人類を発展させ、人類の未来の安息を神に願う。これこそ、真のルーン教の教義です!」
ルディの説法に、メラス法務大臣が天井を見上げて目を瞑る。そして、しばらく無言だったが、大きくため息を吐いてから口を開いた。
「まさか、こんな年端も行かぬ子供に教えを説かれるとは、思わんかった」
「なんか偉そうに語ってスマンです」
「ふぉふぉふぉ。謝る事はないぞ。陛下、この子供は何者じゃ?」
「奈落の魔女の弟子だ。だが、私は賢者だと思っている」
「なるほど。確かに賢人の知恵じゃな」
クリス国王から賢者と聞いて、メラス法務大臣が頷いた。
「僕、そこまで頭は良くねーですよ?」
「馬鹿者! 法を説く者が馬鹿なわけないだろうが」
「言われてみればそーですね」
バシュー公爵にツッコまれてルディが頭を下げる。
「一晩……いや、三日考えさせて下され。国の事情も理解した上で、どうするかお答えします」
「うむ。直ぐに答えが出せる問題でもない。じっくり考えてくれ」
当然その時は言い出したルディと彼の保護者であるレインズも参加する必要があり、その間の二人は王城で過ごすことになった。
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