第392話 最強の一撃

 ナオミがバベルと戦う前。そして、ルディとルイジアナが水蒸気爆発をやらかす前まで時間を戻す。

 カッサンドルフの西門に立ち塞がっていた招き猫が、ゆっくりと動きだすと、開いた門からハルビニア2万の騎兵が姿を現した。


「全騎、進軍‼」


 セシリオの号令で、2万の騎兵が南へ走り出す。

 彼らは戦いが始まると同時に、東の門からカッサンドルフの街の中へ入っていた。

 そして、街中を抜けて西門に到着すると、動かないと思われていた招き猫が動いて彼らを街の外へ出した。


 彼らが目指すは、南のローランド軍。

 南側の戦力が足りないと考えたルディの、誰もが想像していなかった奇襲作戦だった。




 セシリオ率いる2万の騎兵が進軍していると、前方にローランドの大軍が見えてきた。

 敵の上空ではバベルとナオミの戦闘が始まっており、ローランド兵は空を見ていて、こちらに気付いていなかった。

 そこでセシリオは、敵が気付くギリギリまで突撃を控える事にした。


 敵との距離が残り1キロメートルになると、バベルとナオミの戦いが終った。

 空を飛んで逃走するバベルが2万の騎兵に気付く。

 だが、彼もマナが尽きかけており、特に何もせずそのまま西へと飛び去った。


「あれが爆炎の魔人か……」


 奈落の魔女と匹敵する魔法使い。

 セシリオは飛び去るバベルを見送りながら、彼と戦わずに済んだ事に安堵した。


「敵はまだ混乱している。全軍突撃用意‼」


 セシリオの命令に、2万の騎兵が走りながら一斉にランスを構える。

 残り400メートル。既に敵はこちらに気付いており、慌てている様子が目に写った。


「突撃ーー‼」


 セシリオの命令と同時に全騎の速度が上がる。


『うおぉぉぉぉ‼』


 地鳴りに負けずと騎士たちの怒声が響く。

 2万の騎兵による、ローランド軍への中央突破が始まった。




「バベルのヤツ、逃げやがったな!」


 戦う前は任せろと言っておきながら、軍を置いて逃げたバベルに、彼と共に戦っていたオリオン将軍が怒り叫んでいた。


 ローランド軍は10万のうち、2万以上の兵がナオミによって倒されていた。

 だが、そのナオミもバベルと戦って疲労したのか後方へ引き下がる。


 まだこちらには7万以上の兵がある。

 それならば当初の予定通りに進軍を続けて、敵の騎兵を叩けばよい。

 オリオン将軍がそう考えていると、彼の後方から地鳴りが聞こえて来た。


「なんだ?」

「将軍、大変です! 後方からハルビニア軍の騎兵が迫っています‼」

「なにーー!? 一体、どういう事だ‼」


 伝令兵の報告に、オリオン将軍が目を大きく広げる。

 敵の騎兵は正面に居るはずでは?

 オリオン将軍が混乱していると、彼の直ぐ後ろからハルビニア騎兵の怒声と味方の兵士の悲鳴が聞こえてきた。




 ハルビニア軍の騎兵が身を屈めて騎馬と一体化する。

 さらにそれが集団となって、ローランド軍に襲い掛かった。

 その様子はまるで巨大なサメが小魚の群れを襲うが如く、一方的な攻撃だった。


 ローランド兵がランスに突かれて弾き飛ばされる。

 ランスから逃れても騎馬の衝突で地面に倒されて、後ろの騎馬に踏み潰される。

 逃げようにも味方の兵士が邪魔をして逃れられず、ハルビニア軍最強の騎兵の前に殺される一方だった。


 騎兵の勢いは止まらず、ローランド軍を中央から2つに切り裂いた。

 オリオン将軍もその突撃から免れられず、先頭の騎馬の突撃で地面に倒されると、後を続く騎馬に何度も踏まれて、原型を留めない姿で死んだ。

 2万の騎馬によるたった一度の突撃。

 それだけで、ローランド軍は3万近くの兵を失った。




 ハルビニア軍2万の騎兵は中央突破に成功すると、一旦停止して向きを変えた。

 その様子に生き残った4万近いローランド軍の兵士は、また突撃してくると予想する。

 だが、最初の突撃でオリオン将軍を失ったローランド軍は、命令系統が混乱していた。銃を構える者、逃げる者、思い思いに行動をして抵抗など不可能だった。


「全騎突撃用意‼」


 セシリオの命令に騎兵がランスを構えると、抵抗しようとしたローランド軍の兵士も戦意を失って散り散りに逃げだした。


「はっはっはっ! すでに敵は烏合の衆。勝利の女神は我が軍に微笑んだ‼」


 セシリオが大声で叫び士気を上げる。

 なお、ナイキの名前は、はるか昔の神話に登場した勝利の女神が由来なので、彼が言っていることは間違っていない。


「追撃戦じゃ、突撃ーー‼」

『うおぉぉぉぉーー‼』


 最高潮まで士気を高めた、全騎兵による再突撃が始まった。




 バイバルスが軍を再編成していると。伝令兵が緊急の報告を持って彼の下に現れた。


「報告します。カッサンドルフ南側の我が軍、壊滅です‼」

「何だと!?」


 予想外の報告にバイバルスが伝令兵を凝視する。


「1時間ほど前、カッサンドルフ西門を塞いでいた猫が動きました」

「あの門は塞がっていなかったのか!?」


 バイバルスの問いに、伝令兵が頭を左右に振った。


「違います。塞いでいる様に見せかけているだけで、敵は何時でも開ける事ができました。そこから敵の騎兵2万、南へ進軍して背後から我が軍を襲撃! オリオン将軍が戦死、バベル将軍も行方が不明です」

「バベルもか?」

「バベル将軍は敵の突撃前に奈落の魔女と戦い、敗北して逃走しました」

「また奈落か‼」


 バイバルスが大声で叫び、拳でテーブルを叩きつけた。


 カッサンドルフの西門は塞がっていなかった。

 よくよく考えてみれば、あの巨大な猫は動くと聞いている。だとしたら、敵はいつでも西門を開ける事ができたのだろう。

 だが、こちらの裏をかいて東の騎兵を西へ移動させる。しかも、カッサンドルフの城壁で隠しての移動。

 敗戦の決め手となった敵の策略に、バイバルスは悔しさに感情が爆発した。


「……敵の指揮官の名前は、レインズ・ガーバレストだったな」


 バイバルスの質問に、一人の側近が頷く。


「その名、決して忘れぬぞ‼」


 もし、この場にレインズが居たら「え? 俺?」と驚いていただろう。

 これはバイバルスの勘違いだが、レインズは今まで負けた事のない彼の心を深く傷つけた。


「……撤退だ」


 多くの兵を失い、バイバルスはこれ以上の戦いは不可能と判断して、集まった将軍の前で敗北を宣言する。 


 こうして25万のローランド軍は、ルディ改めレインズの智謀の前に屈して、カッサンドルフの戦争が幕を閉じた。

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