第391話 炎と炎の殴り合い

 ナオミとバベルが空を飛び交い、魔法を撃ち合う。

 相手の魔法が熱いと感じたら、それ以上に炎を高熱にさせて魔法を放つ。

 それは自分の体にも負担が掛り、少しでも油断すれば自分の炎で自滅しかねなかった。


 二人を囲むローランド兵もバベルを助けようと、ナオミに向かって魔法銃を放つ。だが、それは炎に向かって小さな火を投げ入れる様なもの、彼女には全く効果がなかった。


「邪魔だ!」


 ナオミが腕を振るだけで、炎の雨がローランド兵に降り注ぐ。

 炎に触れた途端兵士の体を炎が包み、悲鳴を上げて死んでいった。


「よそ見していて良いのか?」


 ナオミがローランド兵を倒している僅かな間に、バベルの魔法が完成する。彼の周囲にいくつもの炎が湧き出ると、炎が人の姿に変化した。


「悪趣味な野郎だ」


 人型の炎を見て、ナオミの顔が歪む。

 人型の炎の顔はナオミの両親、フロートリアの国王夫妻。そして、彼女のフィアンセだったマイケル王太子の顔であり、その顔は苦しそうな表情を浮かべていた。


「お前を倒すためだけに考えた魔法だ。行け!」


 バベルの命令に、人型の炎がナオミに襲い掛かった。


「この程度で私が怯むとでも思ったか‼」


 叫ぶと同時にナオミの炎が鳥の姿に変わって、彼女を包み込んだ。

 バベルの作った人型の炎が、火の鳥と化したナオミに群がる。

 だがそれ以上の高温で飛び回る火の鳥は、次々と人型の炎を喰らって消滅させていった。




「……これで終わりか?」


 バベルの作った人型の炎を全て倒した後、ナオミも元の姿に戻ってバベルを煽る。

 だが、立て続けに魔法を発動したナオミは大量のマナを消費しており、呼吸が荒くなっていた。


「……まだマナが尽きないか。化け物だな」


 バベルの狙いはこれだった。

 魔法の威力は互角。それなら、ナオミを怒らせてマナの消費を早くさせる。そのために、バベルはナオミの心理を突いた攻撃を仕掛けた。


「あっはっはっはっはっ!」


 だが、今の話を、ナオミは焦るどころか逆に大声で笑い出した。


「……何がおかしい?」

「爆炎の魔人とも言われている男が、随分とせこいマネをしていると思ってね」

「魔法使いがマナを気にするのは普通だ」


 通常の人間と比べて何百倍もマナを持つ二人が異常なだけで、バベルの言っている事は間違っていない。


「……そう言えば以前に聞いたが、お前はマナの回復を研究しているらしいな」

「……それがどうした?」


 ナオミはにんまりとほくそ笑むと、胸のポケットから錠剤を取り出してバベルに見せた。


「そんなお前に良い事を教えてやる。これがマナ回復薬だ」

「……何!?」


 ナオミが驚くバベルに錠剤を見せつけてから口に含む。

 今日、ナオミがマナ回復薬を飲むのはこれで2回目。ルディからは1日1回までにしないと、脳卒中の危険があると警告されていた。

 だが、ナオミは危険を冒してでも、マナの回復を優先させた。


「……クッ!」


 彼女の体内のマナが少しずつ回復を始める。だが、その代償に頭痛が襲って顔をしかめた。


「本当に回復したのか……?」

「試してみるか?」

「…………」


 ナオミの挑発にバベルが悩む。

 多くの学者が何百年も研究して完成できなかったマナ回復薬を、奈落の魔女がたった一人で開発できたとは思えなかった。

 だが、もしも言っている事が本当だとしたら?

 魔法使い同士の戦いでは、先にマナが尽きた方が負ける。バベルは悩んだ末、自分のマナの残量を考えて今回は撤退することを選択した。


「どうやらお前を倒すには、情報が足りないらしい」

「非公開だバーカ」


 バベルにナオミが言い返す。


「今回は手を引こう。次に会うときが楽しみだ」

「私がこのまま逃がすとでも思ったか?」

「もちろん思わん」


 そう言うとバベルは魔法を詠唱して、右腕を頭上に掲げる。すると、彼の遥か頭上に巨大な炎の岩が現れた。


「これを止めなければ、街が消滅するぞ」

「なっ⁉」


 笑みを浮かべるバベルに、ナオミが目を見張る。

 彼は一度、ナオミの故郷フロートリアの街を魔法で壊滅した前科があった。

 今回は自分が逃走する目的で、カッサンドルフの街を壊滅しようとしていた。


「卑怯者が!」


 ナオミが阻止しようと動くと同時に、バベルが炎の岩をカッサンドルフに向けて放った。

 炎の岩が隕石となって街へと落ちていく。


 宿敵を倒すか、街を救うか……。

 ナオミは迷わず、街を救う事を選択した。




 空から巨大な炎の岩が降ってきて、カッサンドルフの住人が悲鳴を上げる。

 ナオミはパニックに陥った街の上空に移動すると、魔法抵抗の障壁を隕石と街の間に作った。

 マナは回復している。だが、あれだけ巨大な隕石を防げるかは五分五分だった。


 ナオミの作った障壁と隕石が衝突する。

 覚悟を決めた彼女だったが、障壁に隕石が衝突すると、あっさり消えた。


「……幻術かよ!」


 本物に見せかけたただの幻術だと知って、ナオミが悔しそうに叫ぶ。

 そして、バベルが逃げた空を睨んだ。




 空中から下を見渡せば、カッサンドルフの街の住人は何が起こったのか分からず、空に浮かんでいるナオミを茫然と見上げていた。


 バベルの作った偽物の隕石のせいで、無駄なマナを消費したナオミは、まだ残っているローランド軍を見て悩む。

 このまま戦うべきか、一旦退くか?

 だが、ローランド軍の後方から砂煙が見えてきて笑みを浮かべた。


「どうやら、ルディの仕掛けた最後の作戦が始まったな。後はアイツらに任せよう」


 ナオミはそう呟くと、自分も休むべく支城へ飛び去った。




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